第141話 姉の想い 妹の願い(7)

「まさか、実菜穂。おまえは!」


 ユウナミの言葉に実菜穂は跪き答える。


「はい。私はアサナミの神と神霊同体に成りました。人成らざるものならここにもおります」


 実菜穂はユウナミを見上げていた。ユウナミは突きつけられた言葉に心が震えていた。


「アサナミの神が人と御霊を合わせるなどあり得ぬ。最高神となりえたはずの柱。その柱が神霊同体など考えるはずがない。ましてや、御霊を合わせられる人など存在しない。考えられぬ。なぜ、神霊同体と成る必要があるのだ」

「ユウナミの神と御霊を合わせる人は存在します。それなら」

「黙れ!軽々しく言葉を並べるな。もうよい。このことを知った実菜穂、お前の御霊も迎えよう。全てはこのユウナミが背負う」


 ユウナミは剣を持つ手を振り上げた。跪く陽向と実菜穂。二人の瞳がユウナミを見つめる。 

  

(我が姉、アサナミの神。最高神になると信じられていた柱。私だけではない。全ての太古神はそう信じていた。なのに、父が選んだのはアマテの神。アサナミの神は、異を唱えようとする柱を抑え、父の意を通した。もし、最高神がアサナミの神であったら、地上神、大海神とも争うことはなかったろう。多くの命も消えることはなかったであろう。陽向も消す必要もなかろう。だが、それは叶わぬこと。だから陽向のことは、私のなかでずっと留めていた。今もそしてこれから先も。人を消してはならない。そのためにも陽向、お前を迎えよう)


「陽向よ。お前のことは全て受け入れよう。琴美の御霊と置き換えることでおまえの想いを叶える」


 ユウナミが言い放ち、カムナ=ニギの剣を振り下ろそうとしたそのとき、陽向の前に実菜穂が両手を広げ立ちはだった。ユウナミは怯むことなく剣を振り下ろそうとする。重く冷たく感じる腕。その感覚を振り切り、力を込める。

 

 それに応えるように陽向の御守りから紅い光が放たれ、実菜穂の前に広がる。火の神が二人を守るために両腕を広げ立った。


(なぜ、お前が)


 ユウナミはグッと力を入れる。剣が震える。それでも必死で腕を動かそうとする。


「そこをのけ!のかねば」


 立ちはだかる我が子を前に、ユウナミが意を決するのと同時に実菜穂の御守りが水色に輝いた。その光からみなもが現れると火の神と同じく両腕を広げ立ちはだかった。


「水面の神!」


 ユナミの言葉を受け、みなもは素早く水色の光の円を描いた。あたりは光に包まれユウナミの目から実菜穂たちの姿が消えていく。


「これは、水鏡みずかがみ!」


 ユウナミは剣を持つ手を振り上げたまま、水鏡に映るものの姿を見つめていた。数々の神を打ち倒してきた腕は固まり、剣は震えている。


 音がなく光だけの世界。水鏡を前にしたユウナミの目に映ったのもの。それは両腕を広げ、その身一つで三人の人と二柱の神を庇うものの姿。鴇色の瞳を濃く輝かせジッと見つめるユウナミの姿であった。


 両腕を広げたユウナミが剣を振り上げるユウナミを見つめる。その姿は大きく、揺るぎなく力強いオーラを放っていた。


(お前は守るというのか。この者を守り通すというのか)


 ユウナミは水鏡に映る自分に問いかけた。

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