第135話  姉の想い 妹の願い(1)

 閉ざされた世界に実菜穂、陽向、真奈美がいる。明らかにこの世界の空気が変わったことを三人は感じていた。ユウナミの顔の色が変わる。若く柔い少女のような顔が、内に燃える怒りを秘めた瞳を陽向に向ける。実菜穂と真奈美は、声には出さないが心臓が口からでるのではないかと思えるほどの鼓動に耐えていた。本当に恐怖するとは、身体は動かなくなるということ。二人はそれをいま体験していた。それでも不思議なことに、恐怖で身体は竦みながらも、心の奥は落ち着き、平然としている。それどころか、核心を突こうとする陽向の言葉をジッと聞いているのだ。それは心の奥底に潜むものがそうさせていた。二人はまだ気がつかないが、何かが作用しているという感覚はあった。


 ユウナミの声が陽向に向けられる。


「陽向、お前には私の記憶があると申したな。それはどういうことだ」

「私は小さき頃、このユウナミの社にお参りをしました。そこで、女性に会い、記憶を授かりました」


 陽向の答えに実菜穂の身体がビクンとした。


(それは、わたし……)

 

 心に浮かびあがる出来事を実菜穂はすぐさま消し去った。


(この場はユウナミに全て見られているのだ。うかつに心の内を見せては切り札がなくなってしまう)


 静かに心の波を消した。落ち着こうと意識を集中させる。気持ちに揺らぎがなくなっていく。自分でも不思議に思うほど落ち着いていく。これほど緊迫する場面のまっただ中にいながら、何事もないように落ち着いていく。


(いま、私の出番ではない。まだだ……。でもなぜだろう?落ち着こうと意識しているけど、それ以上に心が静かになる。冷静になる。もしかしたら、この御守のおかげ?そんな気がする。ユウナミの神の憂いがまだよく見えない。でも、陽向ちゃんがそれを引きだそうとしているのは分かる)


 実菜穂がふと胸にある御守に手を当てた。そうすると、不思議なことにユウナミと微かに繋がっているように思えた。さっきまで見えていなかった陽向とユウナミを繋ぐ紐が実菜穂には見えてきたのだ。


(あれは?)


 実菜穂は自分が幻でも見ているのではないかと真奈美を見て、確認した。ちょうど真奈美も実菜穂を見ていた。真奈美も同じものを見ていたのだ。


 二人の目には、ユウナミと繋がる紐にたぐり寄せられる陽向の姿が見えていた。



「陽向、そのとき会ったのは、何者だというのだ」


 ユウナミの声が陽向の心の奥の扉を掴もうとしていた。陽向は抗うことなくユウナミを受け入れていった。

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