第134話 ユウナミの姿(7)

 陽向が答えると、ユウナミは意を解して陽向を見下ろす。


(そう答えるか。全てを受け入れるということか。それとも、私を欺くか。いや、それはあるまい。いま陽向と私は繋がった。陽向の答えは偽である。だが、その意味することに偽りはない)


 実菜穂と真奈美は平然としながらも、心の奥底では締めつけられるような苦しさにもだえていた。陽向の言葉の意味することが、何を招くか見えていたからだ。


 ユウナミは当然二人の心の動揺を見逃しはしない。


(心の動揺はあるが、顔は平然としている。人にもこれほどの気を持つ者もいるか。陽向への気持ちがそうさせるのか。信頼はいつはがれるか分からぬな)


「陽向、それはどこかで聞いて知ったということか」

「いいえ。違います」


 ユウナミの問いに陽向は、静かに答える。太古神と人とのやり取りを端から聞いている実菜穂と陽向は、ハラハラとしている。それもそのはず、ユウナミと陽向の間は見えない紐で繋がっている。言葉のやり取りが互いの結びつきを強めているのだ。だが、一歩その言葉を間違えば、陽向の御霊は即座に抜かれてもおかしくない。人の御霊を統べる神であるユウナミとの問答は、それほど恐ろしいことなのである。その恐ろしさを二人は、直に感じていた。どうしてそれが伝わるのか二人はこのときは分からなかった。ただ、自分とは違う何かがそれを伝えているような感覚があった。


「では、なぜ知っている」

「記憶にあるからです。紗雪の札の記憶が私にはあります」

「それは、何の記憶なのだ」


 ユウナミの目が僅かだが気の籠もった色になる。陽向の言葉にユウナミの声の音が変わった。陽向は表情が変わることなくユウナミを見つめる。


「ユウナミの神の記憶です」


 その言葉にこの世界は固まった。陽向を見るユウナミの目は冷たい光を放っていた。


(陽向の言葉、明らかに偽。なぜ、私にそれを伝える。伝えることで自分がどうなるか知っておろう。それでも記憶があると言い張るか。陽向、お前はこの私を秤に掛けるというのか。ならば、私も見せてもらうぞ。お前の奥に潜んでいるものを。それに実菜穂と真奈美、その二人もだ)


 ユウナミは世界の扉を閉じた。それは、この場に出入りできるものが誰もいない。何事も漏れることはないということを意味した。逃げることも隠れることもできない。生と死はユウナミの神に握られた。


 閉じられた世界に実菜穂、陽向、真奈美そしてユウナミ。三人の人と神が静かなる時のなか対峙していた。

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