第126話 陽向とトキとミチル(21)

 実菜穂の見つめる先に陽向がいる。紅い瞳から涙が流れ落ちていく。真奈美はその場に座り込み、顔を上げることなく地を見つめていた。立ち上がろうにも力が入らない状態だ。

 

「陽向ちゃん」


 実菜穂の声に陽向は一瞬キュッと表情を固めるとゆっくり笑みを浮かべる。


「実菜穂ちゃん、ありがとう」


 実菜穂に言葉を掛けた。それは、陽向の声だった。さっきまでの淡々とした口調ではなく、温かく、柔らかい陽向の声だ。実菜穂は首を振る。


 陽向はスッと笑みを消すと奮い立った表情を見せた。


「真奈美さん、行きます。そこから立ち上がってください。人の御霊を取り返すということはそういうことなのです。ここまで来れば何としてでも取り返す気持ちを持ってください。私を踏み台にしてでも取りに行かねば、何にもなりません」


 陽向の言葉に、真奈美が蒼白の顔を上げる。


「私には無理よ。できない」


 真奈美の力ない声が実菜穂の耳に届いた。


「違うよ、陽向ちゃん。違う、違う……こんなのおかしいよ」


 実菜穂は叫びながら首を振り、髪を振り乱す。グチャグチャになった頭の中にある絡まりもつれた紐を絶望という闇が包んでいく。先が見えなくなった。


(これが、進むべき道なの?これが本当の絶望……)



 実菜穂の目の前から光が完全に消えてしまった。自分がどこにいるのか、どっちが前なのか後ろなのか分からなくなる。音までも消え、感覚もなくなっていく。意識そのものが全てを拒み、闇へと閉じこめらようとする寸前、みなもの声がその隙間から流れ込んできた。


『自分がその道に絶望しても、自分に絶望していないものがある。むしろその道は自分に期待しておるのじゃ』


 実菜穂の頭の中に、みなもの言葉が響いた。消え入りそうだった意識に涼やかな水が走っていく。


(その道に絶望しても、その道は私に期待している……私に期待?何が、誰が、ユウナミの神……ちがう、ちがう、ちがう……みなも、そうだ、みなも)


 実菜穂の頭の中の闇が晴れていく。


(ユウナミの神が人を守るために陽向ちゃんを消そうとする。違う!それは、絶対に間違いだ。みなもならそのようなこと考えない。絶対しない。人が神と同じ高みに来ることをむしろ喜ぶはずだ。そうじゃないか。そう、水闍喜みじゃきはどうなの。神々が失敗作と決めた邪鬼。みなもは満身創痍のその邪鬼の傷を癒し、名を与え、白新地に導いた。そしたらどうだ。水闍喜は、みなもの役に立ちたいと願い、紗雪のもとで学び、人を助け、みなもの迎えを待っているではないか。これが、失敗作だというのか。そう、紗雪もだ。全ての神々がこの世界の禁忌を為した責任を全て紗雪に押しつけ見放した。だけど、みなもだけは、紗雪の味方になった。その紗雪は、みなもを敬愛し、多くの神々が集う世界を作り上げ、この世界の和を保っている)


 実菜穂の頭の中にスゥーッと水が流れていく。絡まりもつれた紐がほどけていく。


(そう、みなもなら人をも導くはず。みなもは人が好きなのだ。だから例え、全ての神々が人を見放そうと、全ての神々が人の敵となったとしても。みなもなら、そう、みなもなら……あーっ、そうかあ。私、どうして気がつかなかったのだろう。みなもは、もとは自分でこの場に来るつもりだったのだ。みなもは、琴美ちゃんと陽向ちゃんの御霊を救う手段を持っていたのだ。だけど、ユウナミの神は神が関わることを拒んだ。だから、私を来させた。私はただのお使いで来たのではないんだ。みなもは、手段を持っている!簡単なこと。私は、ただみなもを信じれば良いんだ。簡単なことじゃないか)


 実菜穂の頭の中で紐のもつれが水の流れとともに解けていく。ピーンと一本に繋がる。絶望の闇は消え去さり、頭の中に光が射した。その先が見えてきた。

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