第125話 陽向とトキとミチル(20)
「えっ」
真奈美が声を上げた。琴美の御霊を取り戻すのに前提条件があるなど予想もしていなかった。それが陽向の御霊とあれば驚かずにはいられない。
「分かるように説明してください」
声が出せない真奈美に代わり実菜穂が言った。頭の中を整理するためにもここは知っておきたい。目に見えているのは陽向ではない。日御乃光乃神だ。実菜穂は納得できずに聞いた。
「ユウナミは、人が人を追い詰めることの先に神が人を見放すことを憂いていた。だが、そこで陽向に出会ってしまった。自分に神霊同体となる力を持つ人。人が神と同じ高みにくるなど、どの神も考えていなかった。あり得ないと信じられていた。そうであるように神が生んだはずだからだ。だが、その理を覆す人が現れた。それが陽向。もし、陽向の存在がアマテの神が知ることになれば、最後には人は神の敵であると判断するだろう。そうなれば、人は存在そのものを消されることになる。それがユウナミの本当の憂いだ」
「だからって、どうして陽向ちゃんの御霊が琴美ちゃんの御霊を取り戻す条件なの?」
「魂換の儀」
「こんかんのぎ?」
実菜穂が陽向を見ると、陽向は頷き鴇色の鳥居を見上げた。
「眠る御霊を呼び戻し再び生へと導くために、その替わりとなる御霊を差し出す儀。御霊を置き換えるということだ。琴美の御霊を返すかわりに陽向の御霊を受け取る。ユウナミはこの儀をもって、陽向を消すことにより人の存在を守る覚悟だ」
「なっ、そんなあ」
真奈美が叫んだ。この期に及んで突きつけられた事実に真奈美は頭が真っ白になる。衝撃と何とも言えぬ悪寒が身体を走る。両肩を抱きしめると握りしめていた手の爪が肩に食い込んでいた。
(なぜ?なぜ、陽向さんなの。それで琴美が戻ってどうなるの。私は、私はどうすればいいの。どんな顔をして琴美を見るの。それなら、いっそう私の御霊を差し出せと言ってくれるのならどれほど救われるか。そう、私なら)
「『自分の御霊を差し出せば』そう考えているのなら、無駄なことだ」
陽向が真奈美の考えを見抜いたかのごとく言い放つ。
「なぜ?私は琴美の姉です。御霊であれば、私のを」
「『差し出しても悔いがない』と。勘違いしてはいけない。そもそも、御霊を取り戻すこと自体があり得ぬことなのだ。それはこの世界の理を壊す行為。だからこそ、御霊を、命を大切にせねばならぬのだ。他のものを傷つけてはならぬのだ。それでも、その理に反することが起こるものだ。そこで埋め合わせをするのが
真奈美は再び絶望に襲われた。光は失われた。
「ひどいよ!日御乃光乃神は全て知っていたんだ。じゃあ、私と真奈美さんは、陽向ちゃんの御霊を連れてくるためにここに来たの?ユウナミの神は陽向ちゃんに全ての責を負わせて、それで目をつむるの。あんまりだよ。そんなのないよ。陽向ちゃんは何も悪くないじゃない。陽向ちゃんは、知ってたんだ。ここに来るときから知ってて。残酷だよ。知ってて、笑ってたなんて。怖かったはずだよ。私なら怖いよ。こわいよ……辛いよ。私、何も知らないで。陽向ちゃん……怖いよね。平気なわけないよね……」
実菜穂の目からは涙が溢れていた。無力感と絶望。取るべきものが目の前にありながら、その手段が見つからない。実菜穂の涙は止まらなかった。ここに来た覚悟が見えなくなっていく。
「陽向ちゃん、怖いよね……」
実菜穂の言葉に陽向が振り返る。陽向の目からも涙がこぼれていた。悲しげに浮かぶ笑みとともに。
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