第121話 陽向とトキとミチル(16)

 陽向が大木の下に歩いていく。木陰に入ると、手招きして二人を呼んだ。実菜穂と真奈美も陰に入る。暑い空気が、そっと優しい空気に変わる。陽向はそこから随身門を指さした。目に鮮やかな随身門がいい距離感で見える。その奥には大きな鳥居が立っており、夏の日差しに鮮やかにそして可愛いと表現ですればいいのか、鴇色の鳥居が青空の中に映えている。この位置でみると、本当に一枚の絵になりそうな景色だった。


「さて、ここからが本題。私がこねくりだした答え。私が言ったことを何も言わずに飲み込んでほしいの。いいかな?」


 実菜穂と真奈美は陽向の大きな瞳に見つめられ、ただ頷くしかなかった。陽向は二人に語り始める。


「ユウナミの神は神霊同体と成ることができる人と巡り会った。それは、自分が紗雪と同じ力を手に入れるということを意味している。いえ、天上の太古神であり、アマテの神の姉であるユウナミの神が神霊同体と成れば、紗雪以上の力を得ることになる。そうすれば、他の太古神はどう考えるか。ユウナミの神は思い続けた。神々のあいだでは、太古神と神霊同体と成れる人は存在しないと信じられていた。ユウナミの神もそう思っていた。人は神とは違う存在。歴史も成長も浅い存在。だからこそ、神々は人の成長を助け、さらにその先へと導いていくものだと。だが、その理念が崩れ去った。そして、これが神々に知れ渡ればどうなるか」


 陽向はグッと拳を握った。力が入った手震え、鴇色の紐の光が波打つ。実菜穂には、その震える手に力強さより微かな迷いを感じた。


「ユウナミの神は考えた。天上、地上の太古神は人を漁り始める。我先にと神霊同体と成る人を探すだろう。男、女、赤子から年寄まで神々により人が漁り尽くされていく。その中で、神霊同体と成った神は、必ず争いを起こす。再び神々の争いが繰り広げられていく。そして争いに巻き込まれた多くの命は消え去る。神々が再び過ちに気がついたその先に最後に待つのは」


 陽向は眩しそうに昇る日を眺めると息を飲んだ。実菜穂と真奈美は陽向の姿に、どこか人ではない美しさと憂いを秘めた影を見た。


 紗雪のような雰囲気ではない。陽向は陽向なのだが、それが少女を越えた何か。うまく表現できないが、光を放つ前の宝石のような感じ。そう、磨きかけの原石。さらに、その原石は、砕かれる運命にある。実菜穂は何故かそう感じてしまった。頭にその映像が何度も再生されていく。


(陽向ちゃんが壊されちゃう。だめだよ)


 実菜穂の身体が震えそうになる。


 陽向が実菜穂と真奈美の方に顔を向ける。風が木陰の間をスーッと吹き抜けていく。三人の髪が揺らめいた。辺りは神聖な空気で満たされたように澄んで見えた。


(陽向ちゃん……)


 陽向の口が開く。


「その先に待つのは。神々は人は失敗作であり、無用と決断すること」


 その言葉を伝える陽向の瞳は紅く光っていた。 

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