第103話 赤珊瑚と桃珊瑚の見た思い(21)

 みなもが弦を引き始めると、再び矢が姿を現していく。その光景を見ながら、桃瑚売命は飛びかかっていく。


 二柱の距離は手が届くところまで詰めていた。もし、桃瑚売命が一撃を加えれば、みなもは防御もできずに身体は消し飛んでしまう。片や、みなもが矢を放てば桃瑚売命といえど避けることはできず、御霊を砕かれてしまう。


 それでも、桃瑚売命は怯むことはなかった。なぜ自分が止めようとしているのか正直分からない。この戦いだけで言えば、何もしなければ、みなもが矢を放った瞬間、桃瑚売命が勝つことになる。神の身体でない者が天水あまつみずの弓を使えば、消滅することは見えている。

 

 だとすれば、桃瑚売命が守ろうとしているのは何か?実菜穂の命なのは間違いない。そして、それを守るということ。それは、みなもを守るということ。みなもを消えさせないということ。考えなくとも簡単なことなのに、答えが見つからないまま身体は動いていた。

  

 桃瑚売命は、自由が利かない右腕を後ろに下げると、左腕一本で天水の弓を持つみなもの腕をからめ取る。合気の技のように流れる動きで、みなもの上に身体を預けるとそのまま地面へと押さえつける。利かない右腕をみなもの肩に押しつけ、左手で鋭い手刀を首もとに突きつけた。みなもは動きを封じられた。


「勝負ありよ。負けを認めて。私に人の命を奪わせないで。無駄なことをさせないで」


 桃瑚売命が瞳を光らせ、みなもに迫る。その顔は僅かな異変も見逃さないという鋭い表情をしていた。無理もないことである。さっきまで死力を尽くす戦いをしていたのだ。この場でもどのような行動をとるのか、みなもに空恐ろしさを感じていた。


 桃瑚売命の言葉にみなもの瞳は優しい水色になり、手の力を抜いていく。


「ユウナミの神を守る柱。敵わぬな。儂の負けじゃ。降参じゃ。もう、抵抗はせぬ」

 

 みなもは微かに笑いかける。その顔に桃瑚売命は押さえていた腕の力がゆっくりと抜けていくのを感じた。自分でも不思議なくらいに、ホッと安心した気持ちになっていた。勝ったとか負けたということではない。安堵、ただそれだけが桃瑚売命を満たしていった。そのためか、桃色珊瑚の神らしく、美しく可愛い女神の顔でみなもを見ていた。


「済まなかったの」


 みなもは、桃瑚売命の右肩に青いオーラを纏った手をかざした。傷は癒やされ、防具が元のとおり綺麗に戻った。さらに青い光は涼やかに桃瑚売命の心を満たしていった。桃瑚売命とみなもが間近で見つめ合う。桃色の瞳と水色の瞳が重なり合った。


「不思議じゃ。お主の腕に埋もれておると姉さに抱きついているような感じがするの」

「妹どうしでしょ」

「そうじゃったな」


 みなもが笑った。その笑顔に応えて桃瑚売命の笑みが、みなもを包んだ。


「それじゃあ、教えてもらおうかな。私が見えていない私を」

「あー、そうじゃたな」

 

 桃瑚売命がみなもを抱き起こした。それはまるで、ぐずる妹を姉が優しく抱き起こしているような光景であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る