第104話 赤珊瑚と桃珊瑚の見た思い(22)
静けさを取り戻した世界に二柱はいた。桃珊瑚と水面の柱。そこに夜が周りを取り囲んでいる。
「儂は姉さに憧れて生まれてきた。これは誠のことじゃ。美しく舞う
みなもが瞳を輝かせて語る。その言葉を桃瑚売命は静かに聞いていた。
「姉さはいつも儂に言っておったのじゃ。『私とあなたの力は同じ。あなたは私であり、私はあなたである』と……。この言葉、至らぬ儂を励ましてくれている言葉じゃとずっと儂は思うておった。懸命に追えばいつかきっと、姉さと同じになれると思うておった。じゃが、母さから新しい名を授かったときに一緒に姉さの言葉が贈られた」
みなもの瞳は青色に濃く光る。その光はどことなく寂しさを感じさせた。
「その言葉は『妹よ。私の力とあなたの力は同じものです。けれども、人に近づき、人の良き面を見つめ、人を導く力。その力には私は遠く及ばない』とな。儂はこの言葉を授かったとき、嬉しく思うたが、それと同じくらい悲しくもあった」
みなもは、桃瑚売命を見つめた。桃瑚売命はその瞳からみなもの悲しみを読み取り、そして惹かれていった。
「姉さは、儂を分霊とは見ておらなんだ。本当の妹として見ておったのじゃ。それは、つまり……つまり、儂は姉さには成れぬということじゃ。これはな、これは悲しかった。姉さが儂に掛け続けた言葉、それは『あなたが私を追いかけるのなら、私はあなたを追いかける』そう言っておったのじゃ。儂はずっとそれに気がつかなかった。じゃから、成れぬのじゃ、儂は姉さには成れぬのじゃ。全く別の存在だということじゃ」
みなもは、言葉では表せない気持ちを何とか形にして口にした。桃瑚売命はみなもの瞳からその言葉の意味を理解した。
「姉と妹は全く別なのじゃ。双子であろうと、姿や気持ちがどんなに似ていようとも別なのじゃ。火と水のように別なのじゃ。比べようがないのじゃ。じゃから、どちらが越えたなどありはしない。もし、越えることができたと言えるものがあるとすれば、それは姉ではない……」
「それは何よ?」
桃瑚売命は童子のようにみなもに尋ねた。その様子はまるで、友達どうし、姉妹のようでもあった。みなもはキョトンした顔で見ると、桃瑚売命は『なによ?』という目をしながら肌を桃色に染めた。
「己じゃ。自分を越えるしかないのじゃ。それに、儂もお主も気づいておらぬ」
「水波野菜乃女神は気づいていたのね」
「姉さだけじゃない。
「赤瑚売命が!?どういうことなの」
驚く桃瑚売命にみなもが耳打ちをする。
「よいか。これは儂とお主だけの秘密じゃ。妹どうしの秘密を守れるか?」
桃瑚売命がコクコクと頷く。
「お主が申したとおり、儂は赤瑚売命の思いを見た。火の神と話をしたいという思いの他にも、儂と戦わない理由があった。それは、『自分が水の神と戦ってもその思いを見ることはできない。だが、妹の桃瑚売命であれば、思いを見通す力を持つ。自分にはできぬこと』そう思うておった」
「どうして……姉はそのように思うた?」
桃瑚売命が分からないと首を振る。みなもは話を続ける。
「桃瑚売命、お主がユウナミの神に従えるきっかけの出来事じゃ。あのとき母さと赤瑚売命は言葉には出さぬが話をしたのじゃ。『自分を切らせても妹は切らせぬ』と。赤瑚売命のその思いをお主は見たのではないか。じゃから、姉を庇った。そのとき、赤瑚売命は気がついたのじゃ。思いを見通す力はお主の方が遙かに自分を超えておるということを。姉である自分が妹に助けられた。守るはずの自分が守られたということを」
(知っていた……。そうよ。私はあのとき姉の思いを見たわ。あの場を圧倒するアサナミの神に、私は動くことができなかった。それなのに姉は退くことをせず、頑なに私を守ろうとした。その姉の思いに私は負けたくなかった。負けたくない思いから姉の前に立とうとした。小さな意地……守ったつもりなんてなかったのに。そうか。ずっとそのことを仕舞い込んでいたなんて……まいったなあ。なにもかも敵わないと思っていたけど。やっぱり……敵わないな)
桃瑚売命の瞳が濡れていく。
「のう。もし、儂と赤瑚売命が戦っていたら儂は勝てたと思うか」
みなもはポツリ呟いた。
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