第102話 赤珊瑚と桃珊瑚の見た思い(20)

 桃瑚売命とこのみことの身体が桃色の光に包まれる。大波が桃瑚売命を押し流そうと襲いかかる。オーラが大波を弾いていくと、桃瑚売命は微動だすることなくやり過ごし、静まるのを待っている。


 波は徐々に静かになっていく。それでも、気を許すことはできなかった。視界は阻まれたうえに、力を緩めればたちまちその流れに飲み込まれてしまいそうになる。


(すごいわね。これが真波姫まなひめの力。一度受けただけで、この有様。連続で受けたら、ただではすまないわ。ならば仕留める機会は波が去った瞬間ね)


 波が過ぎ去り、轟音と地響きが止んだ。視界が開けたその機会を逃さず、桃瑚売命のオーラがみなもを捉える。


「これで終わりよ!」


 地面を蹴り、桃瑚売命は身体を捻りながら宙にいるみなもに渾身の一撃をはなつ。その速さは、とうてい回避できるものではない。だが、ここで桃瑚売命が目にしたのは、またしても予想しないみなもの行動であった。


 みなもは弓に矢をつがえ、桃瑚売命に狙いを定めていた。ただの弓ではない。


(どうして、ありえないわ。それは天水あまつみずの弓。人の身体で扱えるものではない。その身体で矢を放てばどうなるか)


 みなもが手にしているのは天水の弓であった。渦巻く流水が弓の形になっており、弦を引くと弓から龍の型をした矢が現れる。その一矢は勢いが衰えることなくどこまでも飛び、天に放てば天津が原へも届くと言われる水の神だけが使える弓である。


 腕に青いオーラを纏わせたみなもは、桃瑚売命めがけ矢を放った。

 

 次の瞬間、みなもの鎧が赤く染まる。右腕が跡形もなく吹き飛んだのだ。桃瑚売命の瞳は、襲い来る龍の矢と苦の表情も見せずに素早く腕を修復する、みなもの姿を映し出す。


 矢は呻り《うな》を切り裂き、桃瑚売命の右肩を貫いていった。後方に吹き飛ばされながらも、桃瑚売命は身体を回転させ矢から受けた衝撃を逃がしていく。さらに、弧を描いて飛ぶと受けた衝撃をみなもに向かっていく勢いに変えていった。


 みなもは、右腕の修復を終えると再び矢を放つために弦を引こうとする。


(何を考えているの!次に矢を放てば、腕だけでは済まないのよ。傷を回復する前にその人は死ぬわ。この柱は、けして人を犠牲にしないはず。それなら何を犠牲にするの?)


 桃瑚売命の瞳が濃く桃色に輝き、みなもの姿を映し出す。その中で水色に美しく光る守りを見つけた。


(あれは、守りか。あの袋は栲羽千鎚乃姫命たくはちづちのひめのみこが作ったもの。それなら中にあるものは……間違いないわ)


「あなたの覚悟、見えた。やめなさい。駄目よ」

 

 桃瑚売命は叫びながら、加速をしてみなもに向かっていく。その顔は挑戦的でもなければ、攻撃的でもない。何かを守る為の色を懸命に輝かせ、みなもに飛びかかっていく。その姿は、まさしく守るための神。そして何より美しい珊瑚の神の姿であった。

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