第63話 ユウナミの思い(4)

「ええーッ、そうなの!それは楽しみ。塩ラーメンてあまり食べる機会ないから期待大。真奈美さんはどうですか?」


 実菜穂は、陽向の言葉に塩ラーメンへ期待を向けた。陽向のお勧めとあり、真奈美も期待大の表情をしていた。


「いらっしゃい、陽向ちゃん」


 男の店員が元気で明るい笑顔で三人を迎えた。20代の活発な感じの青年だ。店にはこの店員と厨房いる店主らしき人の二人だけであった。夕刻へのピークに前に、一息ついていたようである。


「真一さん。ご無沙汰しています。さっき、果奈ちゃんに会いました。二人とも大きくなっているから驚いちゃった」

「そうかあ。2年くらい経つかなあ。あの二人は陽向ちゃんのファンだからね。今日は旅行?おっ、友達も一緒なんだ」


 真一がにこやかにお冷やを持ってきた。


「陽向ちゃん、顔ひろいね」


 実菜穂が感心していると、真一は当然という表情をした。


「陽向ちゃんはうちの店では人気者だよ。俺がガキで手伝いで入っていたときからの常連だからね。初めて来たのは、お父さんに連れられてだね。でも、俺も初めて見たときビックリしたよ。綺麗な巫女の衣装のはずが、泥だらけの姿で現れるんだから。ほら」


 真一はそう言いながら、店の壁にある写真に目を向けた。そこには、まだ幼い陽向が巫女の姿で店の前に立っていた。不思議なことにニッコリと笑っている陽向は、所々、泥だらけになっている。なんとも不思議な姿だ。


 真奈美は可愛らしい陽向の姿に興味をもって見ている。


「真奈美さん、あまり見ないでください。それ、三歳のときにお父さんとユウナミの社に挨拶に行った時なの。ねえ、真一さん、いい加減にあれ外しちゃいませんか?」


 陽向が恥ずかしがって、せっつくように言った。陽向にしては珍しい光景だ。


「何言ってんの。これは商売繁盛のお守りで外せないよ。この写真目当てに来る常連もいるくらいだもん。それにいまは、あれも」


 真一は神棚の方に目をやった。実菜穂はその先に視線を移したとたん、飲みかけたお冷やを吹き出しそうになり、むせかえった。神棚の下には、A2サイズに引き延ばした二人の巫女の写真があった。一人はもちろん陽向だ。そしてその横に写っているのは、こともあろうに実菜穂である。見れば分かる。みなもに舞を捧げたときの写真だ。真奈美は、その写真に見とれていた。


「真一さん、あれって」


 陽向も目を大きくして真一に食いつく。


「ニュースにもなったよね。常連の神社ファンの人が撮って送ってくれたんだよ。もう、夜はいつもこの話題で盛り上がりさ」


 真一はそう言いながら、むせかえる実菜穂におしぼりを持ってくるとジィーッと顔を見た。しばし眺めた後、みるみる顔色を変えて飛び退くと叫び声をあげた。


「えーっ!あっー!!!!!!」


 真一の慌てふためく姿に、陽向はヤレヤレといった表情で笑っている。


「うるせーぞ!静かにしろ」


 厨房から店主である父親が叫んだ。


「だって、親父。これ!!!」


 真一は興奮の絶頂で、写真と実菜穂を交互に見ながら陽向に答えをすがる目を向けた。陽向は救いの手を差し伸べる女神のように微笑んだ。


「そうです。田口実菜穂さん。その写真の巫女です。綺麗でしょう。雨を降らせた伝説の巫女」


 陽向は真一の期待に応えるように実菜穂を大々的に紹介した。実菜穂はモジモジしながらただ小さくなるばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る