第40話 人を出迎える神(9)

 女の子は陽向が去るのを見届けると、瞳を赤紫に光らせ右手に大鎌を携えた。死神がその姿をさらした。胸に甲冑がまとわれ、紫の細い光が蝶の羽の型をした羽衣となって身についた。


 その姿を邪鬼たちがギラギラとした目で見る。体長が1メートルにも満たない小鬼といえば聞こえは良いが、そのような可愛らしいものではない。目つきは闇と絶望を振りまくよう嫌悪感をおび、口には牙、手足の爪は鋭く伸び黒く光っている。醜く歪んだ背は憎悪を一身に纏った姿という表現があっていた。その姿はまさにモノノ怪。そう、邪鬼とは神が生み出したモノノ怪なのだ。まだ、人が生まれる前に生み出された人ならざるもの。神にも人にもなれぬ行き場をなくしたモノノ怪。それ故、人の持つ希望、御霊を喰らうことで行き場のない苦しみから逃れようとする。この邪鬼にも上下なる分がある。いま、この場にいるのはどれも下級の邪鬼であった。


 喰らうべき獲物を逃した邪鬼たちの前に、死神が悠然と立ちふさがる。


「百やら千の邪鬼が戯れようが、片づけるのは造作もないこと。そのまま、ここを出て行くのならば見逃そう。だが、刃向かうのであればその御霊、刈り取る」


 死神の言葉が終わると同時に、殺気立った邪鬼が二十ほど一斉に飛びかかった。


「あほう!」


 一瞬だった。死神が素早く一振りした大鎌は邪鬼を一閃のもと切り裂いた。邪鬼の体は飛び散り消え去った。細い腕から放たれる大鎌の一振りはあまりにも速く、威力があった。死神は細身の体で大鎌を軽々と肩に担ぐと、左手には飛びかかった二十もの邪鬼の御霊を持っていた。


「さあ、次に刈られたいのはどの子かな」


 死神は優しくそして挑戦的に笑った。追いつめられた邪鬼は、さらに殺気立ち今度は散り散りになったかと思うと、四方八方から死神に襲いかかった。死神は、同じようにぐるりと大鎌を一気に振りかざすと、邪鬼の体を真っ二つに全て切り裂いていった。御霊は次々と死神の手の中に落ちていった。これで8割は死神によって刈り取られた。残りの邪鬼は、慌てふためき、その場で震えていた。死神は、大鎌を担いだまま邪鬼を見据えていた。


「おとなしく外の世界に帰るのであれば、見逃そう」


 死神の言葉に、邪鬼たちはひとかたまりに集まり、震え頷いた。殺気立った空気は一気に消え去っていた。死神は入口の扉を開けると、外に出るよう指さした。邪鬼たちはそのまま怯えながら出て行った。死神は邪鬼達を追い出すのと同時に入口を閉じて、陽向が進んだ方を眺めていた。邪鬼たちがいなくなると暗闇は消え去り、春の景色が道に続いて広がっているのが見渡せた。


(邪鬼を呼び寄せたのは人かそれとも闇か。どちらにせよ、私はやる。その闇の姿、必ず引きずり出してやる)



 死神はもとの女の子の姿になり、明るくなった春の道を見渡すと白新地を後にした。

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