ラブレター

maria :-)

第1話

「頼むよ」

それは、君が最初にしたお願いだった。

「頼むから──ここにいてよ」

今思えば、これは随分と抽象的なお願いだった。ねえ君、このお願いの期限は、いつまでだった?それを告げた相手は、私だけだった?実は、誰でもよかったんじゃないのか?たまたま私があの瞬間に君の隣に居ただけで、それが私であった可能性なんて、私が思っているよりもずっとずっと低いんじゃないのか?

いや、いや。そもそも人生とは──ことに友好関係とは──そんなものだった。一生の友人になるのはいつだって、「たまたま隣に居た」君だ。

「もちろん、いいとも」

そう答えないこともできたのに、私はそうしなかった。いや、振り返ってみたら今だからそう言えるだけで、あの瞬間の私はそのように答えるしかなかったのもまた事実である。

誰も居なくなった大学の講義室──あの大学の中でも特にデカいあの箱で──君は泣きそうな顔で私を見上げていた。今だから言うが、あの時の私は正直、得意になっていた。誰かにそんなふうに必要とされることなんて、なかったからね。人は皆、心のどこかで誰かに必要とされたいと思っているんじゃないだろうか。でもそんなことは、大抵叶わない。全員が「必要とされたい」と思っている世界で、誰が君を必要とする?需要と供給が合っていない世界は、思ったよりも奇妙で気持ち悪いものだった。一方向に回りすぎた時のように──もっとも、大人になった私はもう一方向に回りすぎるような遊びはしない──右肩から崩れ落ちていくような感覚が、常に世界を支配していた。これが支配していたのは、”私の”世界だろうか?それとも、全宇宙だろうか?私はもう、その答えを知る由もない。いや、その気になればどんな答えだって導き出せるはずだが、答えは、必要としている時以外必要ないものだった。「私が10年後にどうなっているのか知りたい、知りたい」といくら思っても、今、この瞬間の私が10年後の私を知ることはない。手に入らないから、若い彼らはその答えが欲しい、欲しい。病的なまでに、求めているのだ。しかしどうだ?あの日から10年経った今の私は、この手にかつて喉から手が出るほど欲しかった答えがゴロリと乗っているにも関わらず、それを見もしない。かつて煌びやかに見えた──あるいは破壊的なまでの絶望を孕んだ──あの日の「将来」は、今やただの単調で、つまらない現実だった。

私たちに必要なのはいつだって「どう足掻いたって今はわからないような答え」で、それはいつも、不安と期待をたたえていた。だから、「夢」だった。それらはかけがえのないもので、それがなければ人間は、生きていけなかった。

それが、君だった。私にとって、「なくてはならないもの」。

あの瞬間、君は私の「宝物」になったのだ。


私は彼女をマリコと呼んだから、ここでもそう書かせてもらおう。マリコ、マリコ。彼女は決してそんな名前ではなかった。彼女の本名を一度も読んだことがないから、もう忘れてしまった。

名前とは、命綱だった。それを忘れた今、私は彼女と二度と出会うことはないだろう。人づてに探し出すことも、彼女が手にした業績を新聞で目にすることもできない。世界のあらゆる網を用いても、私は彼女にたどり着けない。

ああマリコ、マリコ。君は永遠に奪われてしまった。私のマリコ。

それで構わないのだと、思ったのだ。君と初めて出会った日に、あの教室で君が泣いていた日に、最後になるとも知らずに、最後になったあの日に。


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ラブレター maria :-) @maria1172

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