第2話 解答編
「どうしてそんなものに魔法をかけてるの……?」
わたくしが鑑識魔法をかけた対象を見て、ネトリーが疑問を口にしました。
魔法をかけたのが、応急処置で飲ませていた水だったからです。
「殿下がお倒れになったのはそれを口にする前だ。万が一、それに毒が入っていたとしても、殿下に最初に毒を盛った者はわからんぞ」
「ノーキンさん、それは良い質問ですわ。まず、なぜ殿下は
わたくしの言葉に、ネトリーがびくりと身を震わせました。
「ひとつずつ説明しますわ。殿下の吐瀉物に鑑識魔法をかけたところ、腐れ沼の竜の毒の他に、妙な成分を検知しましたの」
「シャーリー嬢、もったいつけないでくれ。妙な成分とは何だ?」
「鶏の血です」
「はぁ!? そんなものがなぜ!?」
ネトリーがいよいよ青くなってへたり込みました。
「最初に殿下が倒れたのは、狂言だったのですわ」
「狂言……だと……?」
「何の毒も入っていない飲み物を口にし、あらかじめ仕込んでおいた血袋を噛み破って倒れてみせる。これが殿下が倒れたときに起こっていたことですの」
「なぜそんな馬鹿げたことを……」
「あー、それは横紙破りの婚約破棄を正当化するためじゃないですかねえ」
ジョシュが横から説明を加えてきましたの。
婚約破棄に絡むところは、わたくしから説明すると見苦しい嫉妬だのなんだのと言われかねませんので、そのままジョシュに任せることにしますわ。
「婚約破棄を告げた途端、毒殺を試みてきた恐ろしい女……夜会に集まってた貴族のみなさんに、そんな印象をつけたかったってところじゃないですか?」
「そんな三文芝居。すぐにバレるに決まってるだろう」
「いやー、どうでしょう。前代未聞の事件ではありますけど、実際のところ殿下の身体には一切被害はなし。殿下ご自身が詳しい捜査を禁じて、迷宮入りにさせちゃえば真相は
ジョシュが言うと、ノーキンさんは押し黙りました。
納得ができてしまったのでしょう。
公爵令嬢が被疑者で、王族が被害者の事件。
当の王族が捜査を禁じて不問にしてしまえば、わざわざ藪をつつきたがるものはいませんの。
ジョシュがキリのよいところまで話してくれたので、今度はわたくしが引き継ぎます。
「そしてもう言うまでないことですが、この狂言の主犯は殿下とネトリー、あなたたちでしたのね?」
「うっ、うう……」
「殿下が本当に毒で倒れたとき、あなたの反応は少し不自然でしたの。『悪い冗談』『お芝居』『こんなことはありえない』……どれも、本当は毒なんて飲んでないということをあなたが知っていたなら、自然になるセリフですわ」
「で、でも私は殿下を殺してなんかない!」
「はい、それも間違いないのですわ」
わたくしは、シキマー第2王子に向き直りました。
「真犯人は、あなたですのね。シキマー王子」
「なっ、ば、馬鹿げたことを! 何を証拠にそんなことを言う!」
「潔白だとおっしゃるのなら、あなたがネトリーに渡したそのお水、飲んでみてほしいのですわ」
「うっ、うぐ……」
わたくしがネトリーの足元にあった水差しを突きつけると、シキマー王子は苦しげに顔を歪ませましたの。
「こ、この女が! ネトリーが水差しに毒を入れたかもしれないじゃないか! そんな危険なものが飲めるわけあるまい!」
「説明が少なくて済んで助かりますの。たしかに、この水には腐れ沼の竜の毒が入っていますわ」
「それ見ろ! ネトリーが狂言にかこつけて毒を盛ったんだ」
「殿下が倒れて会場中の視線が集まっていたところですのよ? 一級の奇術師でも、全員の目を盗んで毒を入れるなんて不可能ですの」
「幻術魔法を使ったかもしれないじゃないか……」
「いよいよ言い逃れが苦しくなってきたのですわ。殿下が魔法封じのアミュレットを身に着けていた以上、近くで魔法を使うことはできませんの。それに、わたくしとの婚約破棄を成功させたネトリーに殿下を殺す動機はありませんわ」
シキマー王子が黙ったのを見て、言葉をつなげる。
「そして、イログールイ殿下が魔法封じのアミュレットを身に着けていることを知っていたあなたが、なかなかそれを取ろうとしなかったのも証拠のひとつですわ」
「そ、それは忘れていただけで……」
「アミュレットは王家に伝わる秘宝のひとつ。殿下が倒れた直後から冷静に指示をしていた王子が、その効果を失念していたなんてちょっと説得力が足りないと思いますの。万が一、治療魔法が間に合ってしまうことを恐れて、わざと気づかないふりをしたとしか考えられないのですわ」
わたくしの言葉を聞いて、シキマー王子はがっくりと膝をつきました。
その王子に向かって、飛びかからんばかりの勢いで怒鳴り立てる者がいましたの。
「本当に、本当にシキマーが犯人なの!?」
「ああ、私がやった。この期に及んで言い逃れはせぬ……」
「なんてことしてくれたのよ! もうちょっとで、もうちょっとで王女様になれたのに!!」
「くっ、元はと言えばネトリー、君が……」
「ふん、ちょっと色目を使ったくらいで勘違いするんじゃないわよ! それを未練たらしくいつまでも付け回すような真似をして……気味が悪いったらなかったわ!」
「そ、それは君のことが気にかかるあまり……」
なるほど、シキマー王子はネトリーにストーキングまがいの行為をしていたのですね。
それで今回の狂言を察知し、便乗できる犯行を思いついたと。
「気にかけてもらいたいなんて思ったこともないわよ! あなたはイログールイに近づくための踏み台でしかなかったの。こんな真似をして私の将来を台無しにしてくれて……最低よ! このクソ馬鹿王子!!」
「なんだと……こうなったらお前も道連れだ!!」
シキマー王子は腰の剣を引き抜き、ネトリーに斬りかかりましたの。
あー、もう、どちらも見苦しいなんてものじゃありませんわ。
わたくしは二人の間に体を滑り込ませ、シキマー王子の手首を掴んでひねり、後ろに向かって投げ飛ばしましたの。
「ぐわぁぁぁあああ!!」
王子は料理の並んだテーブルに突っ込み、派手な悲鳴を上げて気を失いました。
むふー、ひさびさだから少し加減を間違えましたわ。
「い、いまの技は一体……!?」
「あー、お嬢様の
「バリツ……? そんな武術は聞いたことがないぞ!?」
「あー、なんでも
「なんと……そんな技が存在したのか……」
驚くノーキンさんに、ジョシュが暢気な顔で解説をしています。
こういうときは普通、従者が身を挺してわたくしを守るとか、そういうのが普通だと思うのですが間違っているでしょうか?
……まあ、実際のところ腕力沙汰ではわたくしの方がはるかに強いのが複雑なのだけれど。
「わぁ! シャーリー様素敵です! 私を守ってくれたのね!」
キャーキャーわめきながらわたくしに抱きつこうとしたネトリーの脳天に、すかさずバリツチョップを振り下ろしました。
ネトリーは「ぎゃふん」と悲鳴を上げ、頭を押さえてその場にうずくまります。
「いまさら媚を売っても遅いですの。あなたが殿下と組んでわたくしを陥れようと狂言を企てた罪はなくなってはいないのですわ」
「ちくしょう……流れで押しきれないかなと思ったのに……」
「こっわ。お嬢様、ネトリー様ってまじ怖いですよ」
「どうして俺はこんな女に惚れていたんだ……」
ジョシュがわざとらしく震えてみせ、ノーキンさんが唖然とした顔をしています。
正直なところ、わたくしもドン引きしておりますの。
……まぁ、元婚約者が死んだそばからこんなことをしているわたくしも大概な気はしますけれど。
10歳で『名探偵』のジョブに目覚めたときから、あまりにもたくさんの殺人事件に関わりすぎたせいで、心が摩耗してしまっているのかもしれません。
取り繕ってこそいますが、一皮むけばネトリーと同類の人非人の顔が隠れているのではないかと自分で自分が恐ろしくなるのです。
「とりあえず、衛兵たちがびびっちゃってるんで代わりに縛っておきましたよ」
わたくしが無意識のうちに思考の海に沈みかけていたところにジョシュが声をかけてきましたの。
顔を上げると、後ろ手に縛られたシキマー王子とネトリーが床に転がされています。
「王族を縛り上げるなんて、一生できない経験ができましたよ」
「まったく、あなたは本当にいい度胸をしているわ」
「あー、これでも私はお嬢様の従者ですからね」
「それはどういう意味ですの!」
はははと笑ってごまかすジョシュのおかげで、沈んだ気持ちが少し浮き上がってきました。
「それにしても、第1王子が殺され、その犯人が第2王子だなんて……この国は一体どうなってしまうのかしら」
「ハレイム王家は子沢山ですからね。王子が二人いなくなったくらいで屋台骨は揺るがないでしょう」
のほほんと話すジョシュに、わたくしは思わずため息をついてしまいました。
「後始末も考えると頭が痛くなりますの……」
「お嬢様も苦労しますねえ」
「まったく、他人事みたいに。修道院どころか、口封じに監獄塔にでも幽閉されてしまうかもしれませんのよ?」
「ははは、そのときは私もお供しますよ」
「もう、冗談でごまかせる状況ではありませんのよ」
「ええ、冗談ではありませんからね」
ジョシュに真顔で応えられて、頬が突然熱くなりましたの。
なんだか恥ずかしくなったわたくしは、ジョシュの脳天にもバリツチョップをお見舞いしてやりました。
「痛たたた……突然何をするんですか、お嬢様」
「ふんっ、あなたにもわたくしの苦労を少しわからせてやっただけですわ」
「意味がわからない……」
わたくしはジョシュに背を向けて腕を組んでいましたの。
赤くなった顔を見られたら、なんだか負けた気がしてしまうから。
* * *
あの夜会の事件からなんやかんやと数ヶ月が経ちましたの。
あそこで起きたことは厳重に箝口令が敷かれ、出席者には魔術による禁則処置も施されました。
あの夜の出来事は、もう話すことも書き残すこともできなくなったのです。
表向きには、イログールイは流行病による突然死。シキマーとネトリーも同じ病で療養中という形に収まりました。
ジョシュが予想したとおり、直系だけでも8人も王子がいたハレイム王家にとって、二人の王子が欠けた程度のことは大した傷にはならなかったようですの。
古来から、貴人が多くの子孫を残すことに努めてきた理由がよくわかりますわね。
一方のわたくしはどうしているかというと、
当然のことですが、あの婚約破棄はなかったものにされたというわけです。
王都と違ってのんびりとした時間が過ごせるここは、気がつけば殺人事件に巻き込まれてばかりだったわたくしには安住の地に思えます。
紅茶を飲みながら、ゆったりと読書を楽しんでいると、外から耳慣れた声が聞こえてきましたの。
「お嬢様、お嬢様。麓の村で事件があったらしいですよー」
「えぇ……」
「密室の牛小屋で村長の息子が殺されていたらしいです」
「えぇ……」
「ほら、名探偵令嬢の出番ですよ!」
「そんなもの、名乗ったことはないのだけれど」
「そりゃあそうでしょう。私がいま名付けたんですから」
「まったく、あなたって人は本当に……」
「では表に馬車を回しておきますねー」
わたくしは短いため息をついて、紅茶のカップをソーサーに置きました。
行く先々で殺人事件にばかり巻き込まれる人生ですが、あのお調子者の声を聞くと、なぜだかなんとかやっていけそうな気分になるのです。
(了)
名探偵令嬢 婚約破棄殺人事件~「お前といるといつも殺人事件が起きるから婚約破棄だ!」と告げられるも、直後に王子が毒殺される。鑑識魔法と探偵柔術《バリツ》を駆使して絶対に真犯人を捕まえますの!~ 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai
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