名探偵令嬢 婚約破棄殺人事件~「お前といるといつも殺人事件が起きるから婚約破棄だ!」と告げられるも、直後に王子が毒殺される。鑑識魔法と探偵柔術《バリツ》を駆使して絶対に真犯人を捕まえますの!~

瘴気領域@漫画化してます

第1話 出題編

「シャーリー! お前との婚約は本日をもって解消させてもらう!」


 イログールイ殿下から突然婚約破棄を告げられたのは、王城で開かれた夜会でのことでしたの。

 突然の出来事に、招待客たちが驚きのあまり固まっておりますわ。

 大抵のことには動じないわたくしも、さすがにびっくりしてしまいました。


「殿下、一体なぜ……」

「言わなきゃわからないのか! お前といるとな……いっつも殺人事件に巻き込まれるから生きた心地がしないんだよ!」


 あ、いや、そっちじゃなくて。

 そっちはわかりますの。気持ちは痛いほどわかりますの。

 わたくしだって、殿下の立場だったら絶対婚約破棄したいと思いますわ。

 半年に1回ペースで殺人事件に巻き込まれる婚約者なんて、わたくしなら絶対に願い下げですもの。


「わかったらここから出ていけ。お前が夜会にいるだけで、また殺人事件が起きるんじゃないかと気が気じゃないんだ」

「あっ、えー、はい」


 殿下の気持ちもわかるので、わたくしはおとなしく引き下がることにしましたの。

 それにしても婚約破棄なんてナイーブな話、本来なら内々に進めなければならないのに、どうしてこんな大勢の集まる場でいきなり言い出したのか……。

 それほど精神的に追い詰められていたのでしょうか?


「お嬢様、そんなにあっさり引き下がってよろしいのですか?」


 半ば心配気味に、半ば呆れ気味に声をかけてきたのは従者のジョシュでした。

 すらっとした長身にさらさらとした金髪。端正な顔立ちはどこぞの貴族の令息だと言っても誰も疑わないでしょう。


「ここで揉めてしまっては大事おおごとになりますわ。ここは傷口を拡げず、早く火消しに入るべきだと思いますの」


 殿下の行動はいくらなんでも短慮でした。

 王位継承権を持つイログールイ殿下と、カーサ公爵家の令嬢たるわたくしの結婚は高度な政治判断のもとに決められた政略結婚です。

 議会派の有力貴族であるカーサ家と血を結ぶことで王家の力を安定させることが目的だったのですが……こんな乱暴に婚約を破棄しては、逆に議会派と王家の対立を深めることになるでしょう。


 ただでさえ身の回りで殺人事件ばかり起こってうんざりしているのです。

 この上、内乱の種になんて死んでもなりたくありません。


「そうですね。わたくしが俗世にんでしまって、修道院に入るために王子から婚約を破棄してもらったことにしましょう」

「まったく、お嬢様はお人好しが過ぎますよ」

「人里離れたところでのんびりしたいというのはあながち嘘でもないのですわ」

「都会の喧騒から離れ、ゆっくり骨を休めるというのも悪くないですねえ」

「あら、ジョシュもついてくるつもりなの?」

「愚問ですよ、お嬢様。しかし、あの様子でその言い訳を信じる人がどれくらいいますかね?」


 ジョシュに促されてイログールイ殿下の方を振り返ると、そのかたわらには豊満な胸を押し付けながら腕を絡ませる女がいました。

 あの娘の名前はネトリー。低位貴族の令嬢で、本来なら王族が出席するパーティに招待されるような身分ではないのですが……。


 ネトリーはわたくしの視線に気がつくと、嘲るようにウィンクをしてきましたの。

 そして手にしたカクテルで殿下と乾杯し、談笑しています。

 あー、なるほど。そういうことですのね。


 むうー、殿下に未練はまったくないのですが、こうも露骨に挑発されるとさすがに腹が立ちますの。

 この灰色の頭脳を駆使して何か嫌がらせでもしてやろうか……。


「お嬢様、お嬢様。悪い顔になってますよ」

「はっ!? いけませんわ。わたくしとしたことが、つい」


 危ない危ない。もう少しで令嬢の暗黒面に堕ちるところでしたの。

 このままネトリーを見ていると暗黒面からの引力が強まってしまいそうなので、慌てて視線を切りました。


「ぐぅぅ……なぜなんだ、ネトリー……」


 向き直った先には、顔を真っ赤にして歯ぎしりをする偉丈夫が立っていました。

 この方はマキシマム侯爵家のノーキンさんでしたわね。

 血走った瞳にはネトリーの姿がはっきりと映っています。

 あーあ、こっちもそういうことですのね。


「ネトリー様はあちこちで浮名を流されておりますからね。ほら、あそこにも」


 ジョシュがさりげなく示した先には、今日の夜会の主催者であるシキマー第2王子がいらっしゃいましたの。

 シキマー王子もネトリーに熱い視線を向けています。


「男爵家なんて、苦労ばかり多くて実入りが少ないですからねえ。這い上がりたくて必死なんでしょう」

「こら、ジョシュ。そんなことを口にしてはいけませんわ」

「ははは、申し訳ありません、シャーリーお嬢様。しかし愛する主人をこけにされたのですから、多少はお目溢めこぼしください」

「まったくあなたは口ばかり達者なのだから……」


 ジョシュはわたくしが物心ついたときから、ずっと身の回りの世話をしてくれていましたの。

 周囲で殺人事件ばかり起こるわたくしに恐れをなして、数年と耐えられずにやめてしまう使用人が多い中、ジョシュだけはいつもわたくしのそばにいてくれました。


「きゃぁぁぁあああーーー!!」


 突然、絹を裂くような悲鳴が宴会場に響き渡りました。

 声の主はネトリー。

 その横では、イログールイ殿下がその身を床に横たえていました。

 そしてその口からは大量の赤い血が!


「殿下、イログールイ殿下! しっかりなさって!」


 ネトリーがイログールイ殿下を抱き起こし、必死に声をかけています。

 その姿はまるで演劇の一場面のようでした。


「毒だ……殿下が毒を飲まされたぞ……」

「なんて恐ろしい……」

「おい、俺たちは大丈夫なのか!?」


 招待客たちがどよめいています。

 血を吐いて倒れた殿下を見て、とっさに毒を思いつくのはさすがは貴族といったところでしょうか。

 貴族は暗殺の危険に備えて、毒の知識を一通り持っているのが当たり前ですの。


「ええい、バカ者どもめ! 早く治療術士を呼ばぬか!」


 ざわついた客たちを一喝したのはシキマー王子でした。

 続けて水差しを用意し、それを受け取ったネトリーが殿下に水を飲ませたり、吐かせようとしています。

 大量の水で薄めたり、吐かせたりするのは毒に対する基本的な応急処置ですの。


「おい、治療術士を連れてきたぞ!」


 治療術士を引き連れてイログールイ王子に駆け寄ったのはノーキンさんでした。

 さすがは武門として名高いマキシマム侯爵家の嫡男と言ったところでしょうか。

 シキマー殿下から指示が出される前に動いていたようでしたの。


「ほら、早く解毒魔法を使わぬか」

「ひぃぃ、やってます! やってるんですが術式が発動しないのです!」


 大柄で凶悪な面相をしたノーキンさんに怒鳴られた治療術士は、青い顔で震え上がりながら答えました。


「くっ、しまった。これが原因か!」


 シキマー王子はイログールイ殿下の首からペンダントをむしり取ります。


「魔法封じのアミュレットだ。これでもう魔法が使えるはずだ」

「は、はい!」


 治療術士が呪文を唱えると、その手のひらがぼんやりと青く光りはじめました。

 大抵の毒はこれで消え去るはずですが……イログールイ殿下はぴくりとも動きません。


「も、申し訳ございません。手遅れでございます……」

「う、嘘よ!? 嘘でしょ! そんなはずないじゃない!」


 ぐったりしたまま動かない殿下を膝に載せたまま、狂乱したネトリーが治療術士につかみかかりました。

 貴族の令嬢相手に抵抗するわけにもいかず、治療術士はなされるがままに前後に揺さぶられています。


 それをしばらく続けた後に、今度は殿下を激しく揺さぶりはじめました。


「ほら、イログールイ様! 悪い冗談はやめて! お芝居でしょ! こんなことはありえない!」

「落ち着け、ネトリー。落ち着くんだ」

「ひぐっ、ひぐ……でも、こんなこと、あるわけ……」


 崩れ落ちそうになるネトリーを、シキマー王子がその胸に抱き寄せました。

 王子の腕の隙間から、ネトリーの嗚咽おえつが聞こえてきますの。


「くそっ、いい格好しやがって……」


 ポツリと洩らしたのはノーキンさんでした。

 その視線はシキマー王子の腕に抱かれるネトリーに向かっています。

 まったく、こんなときにまで色恋沙汰が頭を離れないなんて、図太いというかなんというか、呆れてしまいますの。


「ジョシュ、一人たりとも王城から出さないよう衛兵に伝えて。会場にいる人間はもちろん、調理場の料理人や使用人たちも全員ね。わたくしからの命令という形で」

「かしこまりました、お嬢様」


 わたくしの意を汲んだジョシュが走り去っていきます。

 そしてわたくしはイログールイ殿下のもとへ行き、その首筋に手を当てました。


「間違いなく亡くなっておりますわね。婚約者フィアンセ……ではなくなったところですが、冥福をお祈りしますわ」


 短く黙祷もくとうをしてから、殿下の遺体に向かってわたくしの固有魔法を放ちます。

 放たれた白い光が、殿下の頭頂からつま先まで順に走査スキャンしていきました。


「おい、シャーリー! 何をしてるんだ! 死者は何をしようが蘇らんぞ!」

「死者は蘇りませんが、言葉ヒントを遺してくれることはありますの」

「何を言ってるんだ……」

「ふむー、やっぱり腐れ沼の竜の毒ですわ」

「なっ、そんなことがなぜわかる!?」


 治療術士の魔法によって体内にある毒は浄化されていましたが、吐瀉物としゃぶつに含まれる毒までは浄化されていなかったので検知が可能でしたの。


 腐れ沼の竜の毒は極めて即効性が高い毒。

 これで殿下はほとんど即死だったことがわかりましたわ。

 しかし、吐瀉物の成分におかしなものが……これは一体、どういうことですの?


 続けて殿下が倒れる直前に飲んでいたと思われるカクテルが床にこぼれていたのでそれにも魔法をかけます。

 うむー? これには毒は無しっと。


「おい、何をしたと聞いているんだ!」


 シキマー王子が繰り返し尋ねてきたので答えます。

 いけないいけない、つい考えごと推理に没頭するところでしたわ。


「わたくしの固有魔法『鑑識』をかけたんですの」

「『鑑識』……だと?」


 わたくしが数々の殺人事件に巻き込まれたことは有名ですが、それをわたくしが解決したというところまで知っている人間は多くありません。

 ましてや、わたくしの固有魔法まで知っている人間はごく一握りです。


「犯罪現場に残された様々な遺留物を分析し、詳細がわかる魔法ですわ」

「なんだそのでたらめな魔法は……」

「ははは、本当にでたらめですよねえ。色んなことがんで、不気味に思う人もいるんですよ。王子も秘密にしてあげてくださいね」

「こら、ジョシュ。王子に無礼な物言いはやめなさい」

「おおっと、これは失礼いたしました」


 いつの間にか戻ってきたジョシュがシキマー王子との会話に割り込みました。

 まったくこの従者ときたら、度胸だけは誰にも負けませんの。


「とにかく、王族の遺体に勝手な真似をするなど到底許せん。一体何を企んでいる」

「企むも何も……もちろん犯人を探すためですわ」

「犯人なんてあなたに決まってるじゃない!」


 金切り声で食ってかかってきたのはネトリーでした。

 涙と鼻水でメイクがぼろぼろで、かなり悲惨な面相になっていますの。


「婚約を破棄された腹いせにやったんでしょ! とんでもない女ね!」

「たしかに、動機の面で真っ先に疑われるのがわたくしになるのはしかたがないですわ。でも、どうやって?」

「えっ? それは……それはきっと何かあやしげな魔法を使ったんだわ!」

「殿下は王家に伝わる魔法封じのアミュレットをつけていましたの。戦略級の広域殲滅魔法などならともかく、個人が扱えるような魔法は近づくだけですべて打ち消されてしまいますわ」

「ううっ……じゃあ、そのなんとかの竜の毒を投げつけたのよ!」

「こんな大勢の前でそんな真似をしたら、必ず誰かに目撃されてしまいますの。仮にすぐ近くにいたとしても、口にするものにこっそり毒物を混入させるのは困難だと思いますわ」

「う、うう……」


 ネトリーは言葉に詰まってうつむきました。

 ふむー、とりあえず冤罪は避けることができたようですの。


「おい、貴様。グズグズしないでこっちに来い」

「おおお、お許しを。私は殿下に毒など盛っておりません」

「やかましい! はじめから罪を認める咎人とがにんなどおらん!」


 今度はノーキンさんが誰かを引きずってきましたの。


「この方はどちら様ですの?」

「イログールイ殿下に酒を渡した使用人だ。こいつが毒を盛ったに違いない」

「そ、そんな。濡れ衣ですよ……」

「ふん、つまらん言い逃れができるのも今のうちだけだ。たっぷり絞り上げて白状させてやるからな」

「ノーキンさん、その方は犯人じゃありませんの」


 いまにも使用人を拷問にかけそうなノーキンさんを止めつつ、先ほどかけた鑑識魔法によって、殿下が飲んでいた酒に毒が含まれていなかったと判明したことを説明しました。


「馬鹿な……この目で見ていたが、たしかに殿下は酒を含んだ瞬間に血を吐いてお倒れになったぞ。酒に毒が入ってなかったとしたら、一体何に毒が盛られていたと言うんだ?」

「この女が鑑識魔法だなんて大嘘を言っているだけよ!」

「あー、お嬢様の鑑識魔法の正確性は王立魔術院でも確かめられていますのであしからず」


 わたくしを嘘つき呼ばわりしたネトリーの発言を否定したのはジョシュでした。

 立て板に水と言わんばかりに、これまでわたくしが解決してきた難事件についてプレゼンを開始しましたの。

 恥ずかしいからやめてほしいのだけれど、この場では仕方がありませんわ……。


「な、あの伯爵領連続殺人事件を解決したのがシャーリー嬢だと?」

「はい、現場に残されていた足跡に含まれる土壌の成分から、真犯人のアジトを割り出しましたの」


 目を丸くしたノーキンさんに答える。


「雪に閉ざされた第二王宮事件は近衛隊が解決したんじゃないの!?」

「ええっと、犯人を捕まえたのは近衛隊ですが、犯人を割り出したのはわたくしですの」


 引き続き私に食ってかからんばかりのネトリーに答える。


「荒野の辺境伯密室殺人事件の真相を暴いたのが、シャーリー、君だというのか?」

「はい、あのときは調べなければならない範囲が広くて大変でしたの」


 半信半疑といった雰囲気のシキマー王子に答える。


「っと、いうわけでですね。お嬢様の鑑識魔法は折り紙付きなのです」


 調子に乗って胸をそらすのがジョシュですの。

 わたくしは思わずため息をついてしまいました。


「それでお嬢様、そろそろ犯人がわかったのでは?」

「まったくジョシュは……。自分では推理しないくせにそういうのはわかるのだから」

「ははは、お嬢様のことなら何でもお見通しですよ」


 わたくしとジョシュが軽口を交わしていると、ネトリー、ノーキンさん、シキマー王子の三人が一斉に口を開きました。


「殿下を殺した犯人は誰なの! 早く教えてよ!」

「犯人が暴れてもこの俺が必ず制圧してやる!」

「王族殺しは万死に値する重罪だ。くれぐれも犯人を間違えぬようにな」

「ええっと、あとひとつだけ材料が足りなくて……」


 わたくしはそう言って、に向けて鑑識魔法を発動しましたの。


 * * *


【読者への挑戦状】

 次話が解答編です。

 自分で謎解きを楽しみたい方はここで止まって真相を推理してみてください。


・イログールイは誰に、どうやって殺されたのか? 犯人と手口、そしてシャーリーが最後に鑑識魔法をかけたものを推理してください。

・動機の推理は可能といえば可能だけれど、いままで開示している情報だけだと完全解明は難しいと思われます。

・犯人はネームドキャラの誰かです。名無しの使用人や、モブ貴族が犯人ではありません。

・シャーリーの鑑識魔法の結果は完全に正しいです。

・魔法封じのアミュレットの効果も万全です。会場ごとぶっ飛ばすような強力な魔法でなければ、所有者を魔法及び魔法由来の毒物などで害することはできません。

・この世界では薬剤用のカプセルなどは発明されていません。事前に毒を飲ませ、時間差で効果を発揮させることはできません。

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