作品1-11

 静かな時間が過ぎ、そろそろ学校へ行く準備をしなければならなくなった。私は朝食に使ったパン屑だらけの皿を、よしっ と意気込んで台所に持っていった。しかしシンクの中は他の食器で山積みになっており、どこに置こうか迷ってしまった。すると母は ここ と指をさし、教えてくれた。私は母の脇を通して静々とその場所にお皿を置いた。


 ありがとうと言えばよかった。うん、と返事ぐらいすればよかった。ご馳走様さえ言わなかった。どうしてそのような簡単なことができなかったのかと、今でも自分を恨めしく思う。


 台所から抜けた廊下は、昨夜と違って朝というのに、反射する光ばかりでまだ随分と薄暗く見えた。


 手に持っていた九の字は袋ごとくしゃくしゃになってしまった。そして中の紙は部屋に戻ってからすぐに袋から取り出して、一度見たきり四つに千切って捨ててしまった。だからもう手元にはない紙である。



 幸か不幸か、写真立ては同じ写真が収められたまま、今でも実家の台所の壁に飾られてある。帰省の折に見る度に、少しだけ心が疼く。毎年迎える母の日には、そうして今でもけちがついている。

               一 完 一

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

作品1『母の日のけち』 安乃澤 真平 @azaneska

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ