作品1-10
居間に入ると、テーブルの上にはトーストと目玉焼きが用意されていた。いつもであれば、出来立てのトーストを私が直に手でつかんで、熱がる姿を微笑ましいように見ていてくれた母であったが、その日は違った。
事情が分かった私はキッチンで食器を洗っている母に話しかけることもせず、背を向けて席についた。するとトーストと目玉焼きが乗ったお皿が、私が座った椅子からは少し不便なところに置かれてあると感じたので、手を伸ばしてお皿を手前に引き寄せた。トーストが勢いに負けて、テーブルの上に落ちてしまった。しかしおかげで気がついた。透明の袋がトーストの下敷きになっていた。白い紙が入っている。
何かと思って表に返してみると、例の 九 の字が書かれている紙が中に入っているとわかった。母からは 捨てた と聞いていた。その紙が今手元にある。だとすれば、母は一人でゴミをあさって探してくれたのであろうか。汚かったろう。臭かったろう。嫌だったろう。
「勝手に捨ててごめんなさいね。」
洗われる食器の音の中で、私はそのような言葉を聞いた。思わず振り返った私は母を見たが、目は合わなかった。食器を洗う母はシンクを見下ろしているが、しかしそれがただ俯いているようにも見えて仕方がなかった。
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