悪魔の主治医


 サイは無反応で部屋を辞していき、とっととハイザーのアジト外に抜け、その足で夕暮れの町、からいくつも条を外した通りを歩く。サイの足は閉店してかなり長そうな土産屋に向かっていく。落書きまみれの鎧戸をサイは迷いなく一回、ゴッと鈍い音で叩く。


 一回ぽっきり殴って路地に反響している音に耳を澄ませるサイの目は鎧戸を見つめ続けている。が、ややあって鎧戸の向こうからカシャ、と小気味いい音が聞こえてきた。


 サイは無表情で立ったまま待つ。そうしていると鎧戸の一部分だけが軋む音と共に開けられる。顔をだしたのは厚化粧、というよりばっちりメイクを施した筋骨隆々の。長いつけ睫毛にド派手なチーク。真っ赤な口紅の上にはグロスもたっぷり乗せている。


「はぁ~い。お久しぶり、SDちゅわーん」


「うむ。いつ見ても突然変異の生物っぽい」


「あはぁん、相変わらずヒリリと痺れちゃう素敵辛辣超絶激辛毒舌だこと。んで、今日はどういったご用件かしらん? もしかして、ハイザーちゃんの厄介案件かなにか?」


「いや。またいつもの常備薬セットの手配」


「う~ん? いっつも思うんだけどぉ~? それって別にSDちゃんがしなくても孤児院の管理人たちがどうとでも調達できるんじゃないのん? わざわざ薬を手配なんて」


「小狡いカスはどこにでもいる。薬代、と偽って横領くらいちょろいもんだ。そしてこどもらに粗悪な薬を寄越し、自分たちは横取り小金で少しいい酒を買って遊ぶ、とな」


「……。うふ、変わらないわね、SDちゃん。いつでもどんな時でもこどもの味方」


「当たり前の助けがないなら誰かが指一本でも伸ばしてやる程度自然で普通だろう」


「それを自然だ、って言えるあなたを誰が悪魔だ、なんて言って謗るのかしらね?」


 大柄オカマがしみじみ語っているのも結構シュールだがサイは突っ込まない。なんの感情もない微動もしない無表情でただ静かにオカマ、薬の手配ができる彼を見つめる。


 サイの視線に彼は肩を竦めて一旦奥に引っ込み、そう時間をかけず、薬剤手配用紙なる紙をバインダーにはさんで持って戻ってきた。それにサイは慣れた手つきで手早く記入していく。医薬品や絆創膏、油紙や消毒綿他包帯諸々の簡単な怪我なら治療できる品。


 医薬品類の名称を記入し終わり、続いて配達先の孤児院を五つばかり記入して最後に依頼主欄にSD、と記入したサイはバインダーを男に渡し、彼がするチェックを待つ。


「事前請求書も寄越せ、リネット」


「はいはい。マジ慎重よねぇ、SDちゃん」


「現ナマ一括で払えねば臓器で払え、と言われれば誰でも同じように用心するだろ」


「おほほほっ、当たり前でしょ? こちとらSDちゃんと違って慈善事業じゃないのよ~ん? もらって当然の代価をいただいてなにかまずいかしら? おかしいかしら?」


「別に。あと、ひとつだけ訂正しておけ。私も慈善事業ではない。生きる為、したいことを不自由なくする為にこの稼業をしているのだ。代価も特例を別にきっちりもらう」


「……。その特例もこども狙いの通り魔殺しだったりだけどね? ホント、悪魔なんてクッソつまんない冗談みたくお人好しすぎるわ~。お代は薄荷飴ひとつなんでしょ?」


「……どうであれ、私は悪魔だがな」


「はーいはい。自虐をどうも。じゃあ、これ請求書。払えるあてはあるかしら~?」


「ハイザーから裏仕事をもらってきている。あがったらまた寄るので起きていろよ」


 言い捨ててサイは暮れていく裏通りから去っていく。背にリネット、と呼んだオカマを捨て置いて。彼もまたサイを恐れない剛胆の持ち主。そして、サイが定期的に先ほどのような医療品手配を頼む馴染みである。サイが本当に幼い頃からの顔馴染みで主治医。


 闇医者の中では腕利きで有名な彼は金さえ積めば治療に手抜かりはない。逆に先、サイが言っていたように治療費を用意できない場合は問答無用で臓器を麻酔生きたまま抜き取る闇医者のそう、ある意味お手本で鏡のような男。医療の技術以外は最悪だ。


 そんな彼とサイが出会ったのも不思議な縁で偶然だった。偶然にも昔サイが負って自分で治療した古傷を手当てされ直されたのがきっかけで現在もお付き合いがある


 ハイザーもそう。闇社会でうろつくうちに声をかけられてそこからちょこちょこ司法や政府にまわせないでなおかつ自分のところが有する武力でも解決が難しい案件を紹介してくるサイ曰くのクソお得意。付き合う理由すら孤児院に顔が利く、という一点のみ。


 以外で関わりあいたくない、と常々思っているサイなのだが、このじじいはどうでもいい用事までサイに押しつけまくる。中でもサイが怠ぃと思っているのがプラモ作成。


 日本の名城プラモにはまっていらっしゃるようで自分は老眼が入っていて見えにくいから代わりに組み立てろ、とね? 断ったら豚箱、言うのでやってやるのも常だった。


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