悪魔のお仕事――そして、沈黙を残す


 赤い陽が暮れ切り、夜の帳が落ちていく。深く青い闇が世界を包んでいく刻限。一般的に人々が就寝し、休みだす時間になってから活発に活動をはじめる者たちがあった。


 彼らはその一般人と分類される人々には闇、と呼称されている。裏、と呼ぶ者もあるが広くは闇、で通っていた。闇の住人。まともな頭があれば一切関わらない者たちだ。


 一般人、まあ、堅気が寝静まった頃からにぎわいだす彼らは今日、昼間の活気が消えた夜の港にある倉庫街に集まって会合や取引に邁進していた。静かなのににぎやかだ。


 札束を詰めた鞄をさげて港を歩く者は多い。それらと交換する武器や違法薬物を持ち歩く者も多くいる。簡単な拳銃から機関銃に刃物類、弾丸や麻薬他、情報を売る者もいるが少数派。多くの情報屋は電子網上での活動が主になる。顔バレ回避が最たる理由だ。


 そんな倉庫街をビルから見下ろす影ひとり。長い髪を風に遊ばせている影の闇に埋もれた顔の中に爛々と輝く妖しくも美しい銀色の月が如き瞳ひとつ。冴え冴えと冷気湛えた目が暗闇の中で動きまわる闇の住人たちをちっぽけな蟲でも見るよう見下ろしている。


 が、下界を見ていたのもわずかばかりの間。影は二階建てビルの屋上から無造作に地上へ飛び降りて無音の着地。猫よりなおひそやかな着地から立ちあがり、影――サイは歩きだしてすぐ倉庫街の路地、一等暗い場所へ入っていく。誰に見咎められることなく。


 サイはそのまま路地を無音で進んでいき突き当たりを左に折れる。迷いのない足取りはまるで通い慣れたかのよう。黙々進むサイの足がふと止まる。先に明かりがひとつ。


 同時に軽く酔った声が明るく笑っているのが聞こえてきた。野太い声の男たちが旧式ランプを囲み、雑談していた。瞳を細め、見つめるサイに気づかず男たちは楽しそうに話に花を咲かせる。風に乗って聞こえてくる声たちは各自でとっておきの自慢話をする。


「そういや、こないだの孤児院のガキ連中の殺しあいは最高の見世物だったよなあ」


 その中にひとつ聞こえてきた話にサイの眉がピクリと跳ねる。孤児院のこどもたちの殺しあい。ハイザーが言っていた話を楽しげに、本当に見世物であったかのよう笑う。


 市民やこどもに武器を横流しして殺しあわせる腐れ武器商の組員。簡単にあたりをつけたサイはそのまま話に耳を傾ける。クズのクソ話など耳が腐りそうだが、仕方ない。


「たしか一枚のパン取りあってだったよな」


「ああ。だから特別にギリ持てる軽量特化の機関銃を貸してやったわけよ。ちび共から死んでいったっけなぁ。腹の蟲鳴かせながら引き金を引いているのはかなり笑えたぜ」


「ひっでえな、おい。んで、使用料は?」


「ん? 奪いあいになっていたパン。そしたら俺を撃とうとしやがったから先に拳銃でパンっとやっておしまいよ。戦利品のさして美味くもないパンだけにパンっ、てな?」


 ゲラゲラと品のない笑いが起こる。残酷な話をちょいネタ程度にしている男たちをしばし見ていたサイだが、動く。軽やかに歩を進め、男三人が気づくと同時かやや早く武器を手にしていた。大振りのサバイバルナイフが一番近かった男の耳孔に衝き込まれる。


 突然の乱入者で殺人者に男たちが悲鳴や悪罵を吐く隙さえもなく、息のある者はサイを除いて消えていた。一瞬のことだった。耳から脳に達した刃を引き抜き、他ふたりの首を恐るべき威力の蹴りで刎ね飛ばしたサイは足下にあるランプを手に歩みを再開する。


 通路を進んでいくサイはやがて一軒の倉庫にたどり着く。記憶の中にあるハイザーからの情報にあったバイグーシェ社が所有する倉庫。なにやら中に合図のノック方法があるだのなんだのと依頼書には記してあったが、サイは面倒臭さから無視して雑に蹴破る。


 重たい鋼鉄製の扉がいとも簡単に歪み、二つ折りになって室内に吹っ飛んでいくのに続いて内部に侵入したサイを出迎えたのは銃の乱射。発砲音が深夜の倉庫に響き渡る。


 二分後。銃が立てる独特の唸るような音が消え、硝煙のにおいと静寂がただよう倉庫で動くものはない。ただ、粘質的な水音が聞こえてくるのみだ。びちゃびちゃ、と。噎せ返るような潮と鉄の臭気と共に激しい、噴きだしているかのような水の音が聞こえる。


 銃が噴出した煙が晴れた倉庫内は血びたしのようになっていた。地獄がそのままそっくり引っ越してきたかのような惨劇。赤黒い海が広がる倉庫の中、立っている唯一は無表情に結果を見つめて血の海を踏みつけて歩き、机の上に投げてあったメモを手に取る。


 そこに書かれていたのは金庫の鍵番号。サイの瞳が細められて刃物の鋭さになっていったが、別段なにか言うでもなく、隣にある巨大な金庫の鍵をまわしていき、開ける。


 中にあったのは大量の武器と札束の山。これから誰かに売るつもりだったのか、貸しだして金と共に回収したものかは知らねどこれでハイザーからの依頼は果たしたので携帯端末で報告の文書をつくって送り、即返ってきた一言に目を通す。「燃やせ」だった。


 なので、サイは適当に近くを物色し、暖房用のだろう灯油を見つけたのでそいつを金庫内に流し入れ、机の上に放ってあった燐寸マッチをすって金庫に放り込んで、扉を閉める。


 金庫が熱くなる。中で武器と金が燃えている。金に汚い小悪党ならば金だけでも搔っ攫っただろうが、生憎でもなくサイは興味がない。扉を押さえたまま死体が転がり、血の海が大きく広がっていく倉庫内を一瞥。己がつくりあげた地獄を感慨もなく見つめる。


 ほんの数分前までは酒をやったり、談笑したりと生きて動いていた者たちはひとり残らず息絶えている。その事実で現実に痛む心すら、もはや今の、悪魔のサイにはない。


 この闇稼業をはじめてもうどのくらい経つだろう。そんなつまらないことを考え、サイは金庫が中からの熱に耐えられず熔解しはじめたので手を放し、倉庫をあとにする。


 倉庫街すらも素通りで抜けだしたサイのゆく手に黒塗りの車が停まっている。も、サイは特に構えず、通りすぎざま手を差しだす。その手にアルミ製の重い鞄が渡される。


 ハイザーの下っ端が成果の確認と今回の報酬を持ってきたのだ。受け取ったサイはそのまま歩いていき、闇医者リネットのところへ寄り道して事前に言われていた請求額を支払って残りの金を夜中も運転している銀行の仮想口座にほぼ全額預けて家路に着いた。


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