第四十話 陰陽連の思惑


「どういうことだよ」

 圭一郎は出先から戻った征志郎に詰め寄る。

「……陰陽蓮本部からの出頭命令が出されるのは、術師規定違反があった時——泉穂君は何らかの嫌疑をかけられている。おそらくは……特級出現あの事件の時、結界を破った人物として」

 征志郎は、一言一言絞り出すような声で言った。

「なっ……」

 術師界を揺るがす、その事件が起きたのは、今年の5月のことである。約千年もの間、此の岸と彼の岸を隔て、特級レベルの妖の脅威から此の岸を守っていた結界——結界術の祖・勧修寺晴久かじゅじはるひさが張った結界が、何者かによって破られたのである。

 泉穂は、結界の崩壊を真っ先に察知して現場に駆けつけ、境目から出てきてしまった特級を留めておくために奔走したのだった。蘆屋邸が現場になり、その時圭一郎は初めて特級と称される妖を目の当たりにした。圭一郎が陰陽師になることを決意するきっかけとなった事件である。

「……んでだよ、泉穂のおかげでみんな助かったんじゃないのかよ」

 圭一郎の声は怒りに震えていた。

「そうなんだが、それを証明する人がいないんだ」

「そんなの俺が……」

「私たちは身内みたいなものだからな。証言としては弱い。しかも、蘆屋邸うちに来るまでは別行動だっただろう」

 圭一郎には伝えていなかっただけで、結界術に精通している泉穂を疑う声は、実は事件当時もあったのである。3ヶ月の間、陰陽連が総力をあげて調査を続けているが、今も犯人特定には至っていない。


 ——保身のためか。

 征志郎は、圭一郎に説明をしているうちに、気がついた。要は誰でもいいのだろう。いくら前代未聞の出来事とはいえ、あれだけの騒動を起こした犯人を、連盟が特定できていないという事実が問題なのだ。術師界の混乱をおさめるためには——さえ手に入れば、真偽は問題ではない。となると最悪のケースは……。

 

 「……どうなるんだ?」

 今にも掴みかかりそうな勢いだった圭一郎だが、征志郎の少し伏せた目に宿る色を見て、一度冷静になって聞いた。見たことのない表情だった。発する言葉は冷静だったが、圭一郎と同様に、いやそれ以上に、憤りを覚えていることがみてとれた。

「容疑が晴れるまで……もしくは処分が決まるまで本部に拘束される可能性がある」

「拘束とか処分って……警察じゃあるまいし」

「警察よりも厄介だ。泉穂君を連れて行ったのは、おそらく”あざみ”の連中だろう。彼らには警察のような倫理観は備わっていないし、一般的なルールは通用しない」

あざみ?」

「陰陽連の下部組織で、私たち術師の監督機関——というと聞こえはいいが、術師われわれが表立ってできない仕事を引き受ける、黒い噂の絶えない連中だ。理事長との関係も濃く、術師規定違反者の処遇決定にも関わる。泉穂君を犯人に仕立て上げるために、なんでもしかねない」

 圭一郎はそこまで聞くと、「……ちょっと、本部に行ってくる」と言い残し、征志郎の制止も聞かず玄関を飛び出して行った。







「———で、僕になんの嫌疑がかかってるんです? まさか結界壊したとか言わないですよね」


 陰陽連本部、地下。泉穂は灰色のコンクリートの壁に囲まれた、ひどく殺風景な十畳ほどの部屋にいた。真ん中に長机と椅子、正面に一般的な家庭のテレビほどの大きさのモニターがある。幸い手足は自由だし、立ち歩くこともできる。ただ、唯一のドアは固く閉ざされていた。

 ——噂に聞いたことがある。隔離部屋といわれる場所だ。術師のいかなる術も発動しない、特殊な空間になっているらしい。


「むしろ感謝状を送ってほしいくらいだよ。僕がいなかったら特級あれを留めて置けなかった。民間にも被害が出てたのは明らかだよ」

 モニターは沈黙したままだったが、どこからか視られている気配はあったので、泉穂は一方的に話し続ける。自分をこの部屋まで連れてきたスーツの男は、

「ここから早く出るにはどうしたらいいか、よく考えるんだな」

 と言い残して去って行った。その一言でなんとなく連盟の意図は窺えたが、さっきからあえて何も理解していないふりをしている。それからしばらく経ったのだが、何の動きもない。

 連れてきておいて放置か、と文句の一言でも言ってやろうと口を開きかけたちょうどその時、モニターが明るくなった。画面にスーツの男が映るが、顔は上から垂れた黒いカーテンに遮られて見えない。どこか別の部屋からの映像らしかった。

『勧修寺泉穂。お前は今年5月×日の鏡池の結界崩壊の件について、なにか知っていることはあるか』

「事件当時にお話ししたことがすべてですよ。新たにお話しできることはありません」

『……では、これについてはどう説明する?倉庫から見つかったものだ』

「!それは……」

 男が取り出したのは、あの紙切れとノートだった。

 ——タイミングが悪すぎる。

 彼らが倉庫に来た時、とっさにノートごと目についた棚に隠していたのだが、倉庫全体に捜索が入ったのだろう。一瞬全て話すという考えもよぎったがやめた。圭一郎の名前を出さなくてはいけないし、たとえ説明しても信じてもらえるわけがなかった。


『結界崩壊の件は、お前で間違いないか?』


 その問いは、おそらく自分が認めない限りは繰り返されるものだということを察して、泉穂は深いため息をついた。






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Antinomyー六芒星の彼方ー 赤蜻蛉 @colorful-08

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