第2話

入学式を終えて早一週間が経過した。クラスでは既に友好関係を築き、休み時間を共通の話題で花を咲かせるもの、他のクラスに趣き中学からの旧友と時を過ごすものも。過ごす場所も教室、校庭、中庭、屋上など場所は様々だがとある二人の場所は決まっていた。それは昼間だというのに陽の光が当たらず、周りはそんな環境下でも必死に背を伸ばした雑草が生い茂る小さな外の空間。たった一つ不自然ともいえる場所に設置されたベンチに腰を落ち着かせ静かに弁当を食べる二人の男女。だが二人は決してお互いに干渉することなくただ目の前の小さな四角い箱の中に存在する昼食と向き合う。しかしこれは互いが互いを認識していないわけではない。二人はその存在を確かに認識していながらも干渉しないことで精神の平静を保っているのだ。ちらりと横目で食べる姿を愛らしく思ったり、おかずは何から食べるのだろうと考えたり、頭の中はそれぞれ相手の事でいっぱいだった。陽の光が当たらない空間に響くのは遥か上空の飛行機の飛行音と弁当のおかずを食べるために箸が弁当箱に当たるカチャカチャという音など日常的に耳にする音は多種多様だが、一番に煩いのは激しい太鼓にも勝るとも劣らない心音だった。目の前の弁当を口に運ぶも今にもおかずやご飯が口から飛び出しそうになる。それを悟られないように同時に家から持ってきたお茶に手を伸ばし無理やり流し込む。一瞬噎せかけるもここで噎せると相手に動揺を悟られると必死に我慢した。昼食を食べる子供でも出来る事を昼休みを残り十分残しようやく食べ終えた。ここでも平静を装うためにあえて焦って帰り支度をするのではなくきちんと忘れ物がない事を確認して同時にその場から立ち上がった。二人はお互いに背を向けた方向へと歩きだしそれぞれ午後の授業のために教室へと戻る。しかし、向かった方向は違えど戻る場所は同じ。休み時間の学校の騒がしさの間をすり抜け二人はまた同じタイミングで教室に戻った。似た者同士という言葉が存在するがこの二人は意図してそうなったわけではない。あくまで自然に、お互いがお互いを意識しているからこそ気持ちを悟られないよう気持ちも何もかも少しずつずらしながら行動しているにも関わらずこうなってしまっているのだ。二人はまだ気づいていない。お互いがお互いを意識すればするほど裏目に出てしまう事を。


またある日の二限目。その日は元々入っていた数学の授業が担当の先生が急遽休みになり、その代わりに遅れていた生物と物理の授業が二時間連続で入ることになった。物理は大学進学を目指すものや頭の良い生徒、正直生物よりはまだ物理の方がマシだといった生徒たちと単純に生物の方が楽だからと生物に回る生徒で別れている。その実、ここにいる二人も後者である。物理など数学よりも難しい計算式を使って答えを導き出す。元々数学が得意ではない二人は選択授業でこの二択を出された時、迷うことなく生物に決め、いの一番に提出したという。

今日の生物の授業は二限目だけ移動教室で残りの一時間は元の教室に戻り小テストが行われる。既に多くの同級生たちが着席しており、残された席も一番後ろの薬品を保管する棚の目の前の席に奇しくも横並びで二人は座ることになった。あれほど昼休みは気の同様が悟られないように少し離れた場所で昼食を食べたというのにこれは・・・まずすぎる・・・。

生徒が全て集まった教室にチャイムを合図に生物の三上先生が入ってくる。いつも多くの資料を持って授業に現れるが、今日に限っては2限連続で授業があるためかいつもよりも抱える資料の数も倍になっている気がする。机に抱えた資料をばら撒き、その中から出席簿を取り出す。名簿を見ながら出席している生徒の確認を行う。次々と名前が呼ばれる中、二人は先生や周りの話声なんか聞こえないほど、自らの心音が隣に聞こえていないかの心配が募るばかりだった。

「八木黒斗、八木黒斗はちゃんと来ているか~?」心音で呼びかけに気が付かなかった黒斗は前に座っていたクラスメイトに身体をゆすられようやく自分の名前が呼ばれていることに気がついた。

「あ、はい。ちゃんといます!」我に返り咄嗟に立ち上がり存在を主張する。

「まだ授業は始まってないのに寝るんじゃないぞ~」咄嗟に立ち上がったのが居眠りをしていたと勘違いされたらしくゆるいお叱りを受けた。その様子に周りの同級生たちから笑いが起きる。黒斗も微笑を浮かべごまかすもふと横に視線を移すと彼女も笑っていた。可愛らしい笑顔に思わずドキッとし、再び席に着席した。

「じゃあ次、白井咲葉。白井はちゃんといるか~?」

「ちゃんといます!」と手を上げて呼びかけに応える。

おっと、ここで二人の名前も出てきたことだし、この話の主人公である二人の紹介をしておこう。

一人、同級生からは黒ヤギと呼ばれている八木黒斗。人見知りだが、決して人当たりが悪いわけでもない。ただ自分の気持ちを表に出すことが苦手なただの高校生である。

そしてもう一人は一部の仲の良い友達からは愛称としてのと放課後に動物公園を友だち数人で訪れた際に飼育されているヤギが必要に白井に懐いていたことからいつしか白ヤギとあだ名で呼ばれるようになっていた。あだ名としては別に嫌な呼び名ではないが黒斗と同じく自分の気持を表に出すことが苦手な白井はそれに対し何か意見をいうようなことはしなかった。

ここに同級生から黒ヤギと白ヤギと呼ばれている男女が座っている。二人は互いに密かに好意を持ってはいるものの決してそれを表には出さない。それどころか気持ちが相手に気付かれないように努力までする始末である。それでも二人の心には常に互いのことでいっぱいだ。そんな恋愛に関しては面倒くさい性格をしている二人の生活はまだまだ続く。


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黒ヤギさんと白ヤギさん @uisan4869

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