第28話 省察

 改めて一人で街を歩くと、帰ってきたという気分になる。昼下がりの街は、活気に溢れている。荒くれ者のような冒険者もおらず、女子供も街中で仕事や遊びを楽しんでいる。

 昼下がりの街中に冒険者が歩いていれば、装備を持っていなくともそれなりに目立つ。だが、ルークスはその見た目も年齢も、昼の街に溶け込んでいた。むしろ、この時間の街こそが仕事の舞台だったのだ。しかし、心までは溶け込んでいない。


 三年で大きく変わったものだと、改めて思った。


 今回の依頼を振り返りながら歩く。一旬に満たない期間でしかなかったが、それでもいつも以上に、肉体的にはもちろん、精神的にも疲弊した。肉体的な疲労は、これからしばらく残り続けるだろう。それでも、約一旬の期間、野営を続け魔物を狩り、必要な物を採取し持ち帰るという、冒険者として一連の流れを恙無く《つつがなく》終えることができたのは、成長の証だ。


 駆け出し冒険者には圧倒的な強者である四つ手を、正面から倒すこともできた。過去の幸運のような成果ではない。ガレンという、予期し得なかった仲間がいたとは言え、今回の戦いと、その成果には胸を張れるはずだ。

 これでやっと、初心者や駆け出しといった枕詞がつかない冒険者として名乗ることができる。

 もちろん、というような、階級制度が存在しているわけではない。この街の冒険者組合は、特殊な依頼や突発的な事件や事故の解決をした冒険者に、勲章を渡している。金銀銅の三種のどれかを叙勲されることで、例えば金勲章ならば金級冒険者と呼ばれたり、名乗ったりすることがある。だが、逆に言えば、それ以外は全てでしかない。

 というのは、あくまでも本人の自覚と、周囲の認識の問題でしかない。


 ルークスはパーティーを組まない依頼ばかりを受けており、また依頼内容も比較的駆け出しかそれに毛の生えた程度の冒険者が受注するようなものばかりだったため、周囲からはいつまでも駆け出し冒険者であると見られていた。年齢に対しての偏見もあるだろう。使えない、ダメな冒険者の見本のような扱いをされることもあった。

 ただ、実際には堅実に依頼を選定して受注し、そして一度の遅延や失敗も無く依頼を達成していた。組合の一部の者は、ルークスのそういった堅実さを評価していたが、それでもわざわざそれを公言するほどのことではなく、ルークスの周囲からの評価は実態とは少し違ったままだった。

 ルークス自身も、パーティーを組まないことで比較対象が無いため、自身がどの程度の実力を持っているのか、正確には理解できていなかった。組合からは堅実さを評価されているとは言え、周囲の評価とルークスの自己評価に乖離は少なく、揶揄されるようなことがあっても、本当のことを言われているだけだと気に留めることもなかった。


 冒険者になる前に比べれば格段に体力も技術も身についている。自分自身の身体能力や技術は駆け出しレベルだと考えながら、訓練のつもりでこなしてきた依頼の数々は、十二分に肥やしになっていた。例え、若い冒険者に比べて成長が遅くとも、少しずつ良くなっているはずだ。

 商人として生きてきた中で身につけた知力。知識、情報収集、分析能力、何よりもここ一番の精神力や胆力は、冒険者のものとは質が違えども、大きく通じる部分もある。若い冒険者だけでなく、通常の冒険者には無い経験を通して身につけた武器。これで足りないところを補いつつ、少しずつ前に進んでいる。

 こうしてこの期間を改めて振り返ったところで、しばらくは依頼をこなすよりも、装備や技術の見直しと、肉体的な疲労の回復に務めるべきだと決めた。武器も急いで直さずとも、依頼を受けることがあっても、鉈とナイフで戦闘できる程度の依頼にしておけばいい。修理代金がとんでも無い額ならば、金が貯まるまで使える程度の剣を買っても良い。


 大雑把な方向性が決まり、少しだけ心が軽くなった気がした。


 路地裏の鍛冶屋の扉を開けた。とても珍しい二重扉だ。二つ目の扉を開けると、甲高い音と少しの熱気が漂ってくる。

 少しだけ日焼けした褐色の肌を見せつけるように袖の無い薄手のシャツを着て、茶色の前掛けをつけた若い女店員、ルミィが声をかけてくる。


「あ、ルークスさん、いらっしゃい」

「剣の修理依頼だ。あと、このナイフの鞘の魔力補充とを頼む」

「修理? 珍しいね。そっちは親父かな」


 そう言ってルミィは大きな声で裏の鍛冶場に向かって父親を呼んだ。


「もうちょいしたら来るみたいだから、先にナイフやっちゃおうか」


 鞘からナイフを抜き、ざっと確認してもう一度鞘に戻し、そのまま両手で握りしめる。

 ほんの少しの間、ルミィが握り続けていると、鞘が白く薄っすらと光り始めた。しばらく握っていたナイフを勘定台に置いたが、鞘は光り続けている。


したよ。ざっと見た感じ、刃に傷もなかったし、そんなに時間はかからないんじゃないかな」

「わかった」

「しかし、本当に鍛冶屋泣かせだよね、これ。魔力を込めれば、自動で一番良い状態までしてくれるんだからね」

「これを作ったのも鍛冶屋だけどな。まあ、他の鍛冶屋ではあるが」

「そうなんだよね。魔力をもっと自由に使えたら、私もこういうのが作れるんだけどね」

「俺はせめてさせることができる程度の魔力操作ができればと、いつも思ってる」

「そうだよね。ルークスさんも今から魔力の使い方を学んだら、魔法も使えるようになるのかな?」

「どうだろうな。無理だと言うのが定説ではあるな。教えてくれるやつがいれば試すこともできるんだが、才能も成長性の欠片もなさそうな奴に教えるような奇特なやつはいないみたいでな」

「才能とか成長性とかはわからないけど、大人になっても魔力使えるようになるかどうか、使える方法はないのかって、研究としてはよっぽど楽しいものだと思うんだけど」

「……そういう研究をしているやつもいるかもしれないな。ただ、教えるやつがほとんどいないのと同じく、大人になってから学ぼうという奴も少ないんだろう」

「そういうものなのかなぁ」


 魔力が使えれば、魔道具の操作ができる。ほとんどの魔道具は極めて少量の魔力で起動するが、一部の特殊な魔道具は起動させるための魔力が多く必要であり、生まれ持った魔力量によって起動できるかどうかが決まる。後天的に魔力を増やす方法があるとは聞いたことがあるが、ほとんど知られていない。また、魔力量があっても、特殊な魔道具は、魔力操作にそれなりに熟達しなければ使いこなすことはできない。そして、そこから更に練度を高めると、魔法を使うことができるようになるのだ。


「魔力や魔法は便利だし、是非覚えたいところではあるが、こればかりは何を言ってもな」

「そうだよねぇ。あ、そう言えば鉈は?」

「今日はこの後食事に行くつもりだから置いてきた。また後日持ってくるつもりだ。鉈もさせるだけだからな」

「武器じゃなくて、そっちにお金をかける人なんて聞いたことないよ、ほんと」

「……まあ、鉈もナイフも手入れを怠りがちだからな。無精者には便利なんだよ」

「鞘が無くても、良い仕事してるもんね。作った人すごいなーって思うよ。お金かかってそうだけど」

「まあな」


 そんなくだらないことを話しながら、ルミィの父親が来るのを待った。

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