第29話 修理
「おいおい。どうなってんだ? 俺の剣がこんなになっちまうなんて、とんでもねぇ使い方しやがったろ?」
汗まみれの顔を手ぬぐいで拭きながら、鍛冶屋の親父が言う。
「あいつも扱いはそこそこ悪かったが、これは比較になんねぇな……曲がりに刃こぼれが複数。おめぇがこんな使い方するなんて信じられねぇんだが、何があったか説明してみな」
怒りを通して呆れ顔で訪ねてくる。
ルークスはどういう状況だったのか、簡単に説明をした。
「四つ手が剣を使うなんて……」
「あぁ。俺も長いこと鍛冶師としてやっちゃいるが、そんな話は聞いたことねぇぞ」
親父もルミィもさすがに言葉が出ないようだった。
「連携するだけなら、まだいろんな意味で理解できなくはないんだが、さすがに剣を使われたのは肝が冷えたな。もし子供じゃなければ、死んでいたかもしれん」
「そりゃそうだろうよ。あの鉈も良いモンだが、俺の剣はそれを超えていると思っている。それがここまでやられるんだからな・とんでもねぇよ」
「結局、親父は自分の剣のことなんだね……」
途中でルミィが混ぜっ返しながらも、二人で剣の状態を見ていく。実際に作業をするのは親父だけだろうが、勉強の意味も込めてか、ルミィにも見せながら、顔と言葉はルークスに向かっていた。
「刃筋が立っていない状態で鉈と打ち合ったんだろうな。この傷はたぶんそれだ。全体の曲がりについては、無茶な打ち合いが原因なのかは少し判断しにくいが、打ち合い自体は相当に負荷をかけてやがる。膂力ももちろん、技術も未熟だな。当たり前のことではあるが、だからこそ助かったってわけだ」
ルークスは頷いた。
「まだ耐えられる膂力だったから助かった。大型のヤツだったら、鉈を弾き飛ばされているか、鉈ごと真っ二つだろうな」
「しかし、その剣使いの四つ手は逃しちまったんだよな?」
「ああ。もう追う体力も気力も残っていなかった。腕を一本切り飛ばしたとは言え、知恵をつけた四つ手は厄介だろうな……組合に報告してあるから、あとはあっちがどう判断するかだ」
そうこう話し合ってる間に、会計台の上に置いてあったナイフの光が収まっていた。
「また、そんなナイフ持ってきやがって」
「ほんと鍛冶屋泣かせだよねぇ。でも、冒険者にとっては便利でしかないよね」
「起動させることができるならな」
ルークスは苦笑しながら答え、ナイフを腰のベルトに取り付けた。
「とりあえず、それは銀貨一枚ね」
「はっ! 本当にガキの小遣いだな。儲けになんねぇ」
ポケットの中から十スーリ銀貨一枚を取り出し、ルミィに渡した。
「しかし、いつまで経っても客に銀貨って言うんだな」
「どうしても、シーズだの、スーリだのって言い方に慣れなくてね」
「どんな意味があるのか知らねぇけど、わざわざ言いにくい名前をつけやがってよ」
昔気質なところが強い親父は、貨幣単位に文句を言っている。数年前から使われているこの単位。ここ数年、他国との輸出入が盛んになり、王都以外の街にも他国の人間が入ってきたことで、『金貨一枚』という言い方では、どこの金貨なのかで調整や確認の手間が入ってしまう。貿易がそこまで活発ではなかったので、あまり通貨名や通貨ごとの価値の違いに敏感ではなかったのだ。
ただ、他国の金貨とは大きさが違うため、金の量だけ考えても価値が違う。最初はなんとなくだったのが、大きさや重さの違いがより明確になることで、市井でも、金貨ごとに価値が違うということが浸透していった。そのため、両替のための基本方針が策定され、それに併せて貨幣の単位や名前がつけられたのだった。
しかし、他国人とのやり取りが発生する商人にとっては受け入れやすい制度ではあったが、自国人とのやり取りが中心の職人、特にこの店のような昔気質の店には馴染みにくいものだった。
「さて、それじゃ、次はその剣の修理費用なんだが、そもそも直りそうか?」
ぶつぶつと文句を言いながら剣を眺めている親父に向かって聞いた。
「ああ。直すには直せる。だけど、いくらかかるかは正直なんとも言えねぇな。曲がりはともかくとしても、この欠けている部分、特にここのデカイのだ。これは研ぎだけだと難しい可能性がある。そうすると打ち直しが入る。曲がりの修正の非じゃねぇんだ」
「なるほど。そうすると、最大でいくらくらいになるんだ?」
「……高ければ、大金貨三枚ってところか。手間賃だけだからな。買うよりは安い」
親父の言葉にルミィが目を丸くしている。この剣が作られた時には側にいなかったのだろう。初めて知ったのだろう。剣を見ただけで値付けできるほどの相場観はなかったようだ。
ルークスは想定よりも高くついたことに、一つ溜息をついた。
「まあ、仕方ないか」
「……この剣にこだわるのはわかるが、大金貨三枚あれば、それなりの剣を作る事ができるぞ? 素材だけならもっと良いものが買える。どうせ起動させられないんだろう?」
親父はルークスの懐具合を心配してなのか、それとも自分たちが作り上げた剣が本来の力を発揮されないことを悲しんでいるのかわからなかった。
「すまないな。まだ俺はこいつにこだわっていたいんだ」
「……そうかよ。物好きめ」
「いくらか手付で払っておこうか?」
「いらねぇよ。こっちで預かっておく。今は仕事も立て込んでないからな。長くてもせいぜい三日くらいで終わるはずだ」
「わかった。それでは一応三日後に来ることにする。その時に鉈も頼む」
後半はルミィに伝え、手を上げて店を出た。
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