第27話 平安
遠くで音がしている。
何かを叩く音だ。そして声。だが、それもまた次第に遠ざかる。
次の瞬間、身体が自然と跳ね起きた。
音がしている。扉を叩く音だ。格子窓を上げ、外窓を開いた。光が差し込んでくる。良い天気だった。格子窓だけもう一度下ろし、閂をかけておいた。
まだ音は聞こえてくる。玄関の扉だ。今開けると大きく声をかけて、のろのろと玄関へと向かう。
「どうした?」
扉を開けるとランドが立っていた。
「おじちゃん、まだねてた? ごめんなさい」
「ああ。だが、大丈夫だ。何があった?」
「えっと、おくすりもらって、おかあさんにのませたよ」
「そうか」
「おくすり、ありがとうございました」
「いいや。わざわざありがとうな」
ルークスはそう言って、ランドの頭を撫でてやる。
「ううん。こちらこそありがとう。おかあさんはまたねちゃったけど、ありがとうって」
「そうか。よかった。どれくらいで良くなるんだ?」
薬の効果がどれくらいで出てくるのかを聞いてくるのを忘れてしまったことを思い出した。
「わからないけど、むねのくるしいのはすぐにとまるっていってたよ」
喋ることや起き上がることは比較的早くできそうだ。ただ、体力が回復するまでには時間がかかりそうだ。食事もなんとかしてやるべきか。
「ランド、飯はどうした?」
「うらのおばあちゃんが、あさにスープくれた」
「母さんは食べたのか?」
「ううん。おくすりのんでまたねちゃった」
「そうか」
これは母親にも食事をさせてやる必要があるようだ。外の様子からすると、昼過ぎくらいだろうか。
「ランド。この後、俺は飯を買ってくるつもりだ。水浴びしたら買い物に行く。お前と母さんの分も買ってきてやるから、大人しく待ってろ」
「ほんと? おじちゃんありがとう!」
そう言って、ランドは家に戻っていった。
ルークスは玄関の扉を開け放ったまま、部屋に戻り、手ぬぐいを用意した。長屋の庭にある井戸で、一度顔を洗い、そのまま六回往復してタライと水瓶に水を足した。集合井戸とは言え、敷地内の者専用の井戸であり、歩いて数十歩のところに井戸があるのは、かなり恵まれている。
本来なら湯を沸かしたいところだが、かまどに火を入れる時間を考えると面倒だった。浴場に行く気にもならない。ボロボロになっていた服を脱ぎ捨て、水を張ったタライに入り、何度も頭や身体に水をかけて汚れを落とした。
左肩の傷はまだ血がにじむため、薬草を貼り、清潔な布で縛り上げた。比較的まともな服に着替え、鍋を入れた袋を持ち、戸締まりをして買い物へと出かけた。
近場のパン屋で売れ残りのパンをいくつかと、固く焼き締められたパンを買った。そして、干し肉と根菜、香草も買い足す。屋台で串肉を五本、野菜が煮込まれたスープを買った。スープは鍋に三人分入れてもらった。後日持ってくることで返金してくれるとは言っていた。忘れないようにしようと決めた。
自宅に戻り、かまどに火をいれ、スープの入った鍋と水を入れた鍋、二つを火にかけた。
そして、ランドを呼んで食事をした。パンと肉串だ。柔らかいパンが久しぶりだったのだろう。ランドは喜びながら頬張っていた。ルークス自身も粥以外のパンは久しぶりだった。昨夜は肉串を三本食べただけで眠ってしまったので、身体が食事を求めていた。
食事後には、沸いた湯を使って茶を入れた。朝に湯を飲むことを忘れていたことを思い出したが、どうしようもない。そんな細かいことを気にしつつも茶を楽しんだ。
ランドは茶の香りは好きなようだが、味は好きではないようだ。何度も香りをかいでは口に含むのだが、苦そうな顔をしていた。
鍋に入れたスープが再び温まったころ、ランドの家に共に行った。鍋といくつかのパンを持っていった。ランドの家の台所で、適当な器を探してスープを移した。残った分も母親が起きたら飲ませること、パンは夜と朝に自分で食えと伝えて、ランドに母親のところに行かせた。
ルークスは自宅に戻りもう一度、茶を入れ、今日の予定を考える。
剣の修理と、ナイフの鞘の起動と魔力補充。破れた服の買い直し。できれば新しい防具も見繕いたい。薬草などの消耗品類の仕入れもしなければならない。この辺りは早いうちに済ませておきたい。できれば丸薬の調合も試してみたいところだが、材料が揃いそうになかった。丸薬自体もファスバーンの街では買うことはできないだろう。王都まで行くか、実際に作れる者を探すしかない。
まずは剣とナイフだけでもなんとかしよう。そう決めて、居間に投げ出していた装備品を軽く整理した上で、剣とナイフを持って家を出た。ランドに出かけてくること、戻りは夜遅い時間になることを伝え、明日また会おうと約束をした。
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