第23話 報告

 ルークスは列に並びながら、襲ってくる眠気と戦っていた。なかなか自分の順番は来なかったが、それでも大人しく待ち続けた。周囲の冒険者も同じだ。疲れているのだろう。パーティーを組んでいるように見える者たちであっても、この待ち時間は疲れているので、あまり口数は多くない。その代わり、報酬を受け取ったあとは、酒場で騒ぐのだろう。

 報告が終わればやることがいくつかある。それが終わればやっと食事を取れるはずだ。騒がしい酒場で食う気は無いので、持ち帰りができる店が空いていればいいのだが。

 他愛もないことを考えながら自分の番を待ち続けた。時々ルークスのことだろう密語をささやいている者たちがいる。内容はわかっている。そしてそれを無視するのも、いつものことだった。


「お待たせしました。鑑札のご提示をお願いします」


 組合の受付嬢が丁寧な口調で申し出てくる。ルークスは首に下げていた真鍮製の鑑札を提示した。


「はい。ルークスさんですね。ご提示ありがとうございます。確認して参りますので、このままお待ちください」


 さっと紙に識別番号と名前を書き写して、後ろの書類棚に向かう。鑑札に刻まれているのは、どこの街の何の組合が発行したものか、識別番号と名前が書かれている。

 書類棚は、識別番号順に整理され、そこに冒険者ごとに冊子のように綴じられた書類がある。冒険者がどのような依頼を受けたのか、その結果や注意事項などが記載されている紙がまとまった冊子がいくつもある。そこから取り出してくるのだ。もちろん膨大な量になるので、年に一回整理され、数年間依頼を受けていない場合、倉庫に保管される。それもまた一定期間で捨てられると聞いたことがあるが、詳しくはわからない。

 この冊子は他の地域の冒険者組合に移籍する場合には中身の写しが必要だったりと、それなりに重要なものであるらしい。


「お待たせしました。ニニギアの採取ですね」

「ああ。これだ」


 革袋を手渡し、中身を改めてもらった。


「依頼された規定量はありそうですね。状態も悪くなさそうです。では、こちらでお預かりしておきます。明日には依頼者に引取依頼をします。報酬は……あれ?」

「なあ、できれば早いところ依頼者に渡したいんだが、直接持っていってはダメか?」

「直接、ですか?」

「依頼人は知人だ。それ以上に、隣の家に住んでいる」


 こういった物品依頼に関しては、依頼人から特別に配達の依頼が無い限りは、直接依頼人に渡すことは禁止されている。組合が間に入っておかなければ、あとから揉めることがあるからだ。この辺りは信用のさじ加減が難しい問題として、時々受付と依頼者、受付と冒険者で、それぞれ揉めている。


「隣ですか? それでも、規則上は直接やり取りすることは禁止されてますので……それにこの依頼ですが、報酬の記載がおかしい気がするのですが……」

「依頼を受ける時にそれは話し合っているので、大丈夫だ。本人を連れて来ても良いんだが、暗くなるからな……」

「申し訳ありません。依頼人と面識があるとのことですが、やはり規則上は……」

「その依頼は私の裁量で直接の配達を認めることにするから大丈夫だ」

「アインさん、良いんですか?」


 受付の後ろから歩いてきた、アインと呼ばれた男が言った。アインは古株の組合職員であり、今回の依頼を受け付けてくれた担当者だった。


「ああ。その依頼は私が受け付けたものだ。依頼人とは私も一緒に話している」

「そうなんですか? じゃあ、この依頼料も……」

「ああ。五十シーズだろ? それで合ってる」

「五十シーズって、パン一個買えるかどうかって値段ですよ?」

「良いんだ。彼、ルークスだったか。彼も納得して受けているんだ。すまなかったな。細かいことをしっかり記載しておけばよかった」

「いえ……わかりました。それではルークスさん、報酬の五十シーズです」

「確かに受け取った。手間をかけさせてすまなかったな。アインだったか? あんたもありがとうな」

「いや、良いんだ。早く行ってやってくれ」

「ああ。そうさせてもらう」


 目線を合わせて礼を言い、五十シーズ、鉄貨五枚を受け取り、受付から離れた。少しだけやり取りに時間がかかってしまったが、アインのおかげで助かった。

 あとはガレンと精算をすれば戻れる。そう思っていたところで、売却から戻ってきたガレンを見つけた。


「ルークスも終わったか」

「ああ。あとは依頼人に届けて、もう一仕事して終わりだ」

「配達どころか、その後にもまだあるのか。厄介だな」

「なに、今日中には終わるだろうさ」

「そうか。精算なんだが、あっちで話そうか」


 そう言って四人程度で囲めば一杯になってしまうような、小さな丸い卓がいくつか並んでいる空間を示した。ルークス達のように臨時でパーティーを組んだ者など、酒場や宿に行かずに、その場で解散するパーティーが精算をするのに使えるようにと、組合が用意したものだった。


「まず、四つ手の腕が千二百スーリと五十シーズ。尻尾が七百スーリ。牙が三百スーリと八十シーズ。合計で、二千二百一スーリと、三十シーズだ。かなりいい稼ぎになったな」

「まあ、それなりの金額だな。では、折半で、千百スーリと六十五シーズだな」

「折半しやすいように、崩してもらっておいた」


 そう言ってガレンは金貨十一枚と鉄貨六枚、そして穴空きの半鉄貨を五枚渡してきた。


「ああ、確かに受け取った。しかし中途半端な金額が出たな」

「途中で叩き切った腕があっただろう? あれが少しだけ査定で値引きされてしまった」

「なるほど。それなら仕方ないな。腕を全て綺麗に残したまま持ってくるなんてできなかったからな」

「俺からしたら、たった四日でこれだけの稼ぎになったんだ。もらいすぎな気がしてる」

「命を賭けたんだ。正当な報酬だ。命の値段にしては安いがな」


 そう言ってルークスは立ち上がった。


「それじゃあ、俺はこれで行く。世話になったな」

「世話になったのはこちらだ。……いや、お互いにだな」

「ああ、そうだ」


 ガレンの言い方に少しだけ笑いながら頷いた。


「明日だが、八の鐘がなる頃に、中央通りから東に二本行ったところにある、山猫亭という酒場でどうだ? あそこは飯が美味い」

「山猫亭か。わかった。少し値は張るが、遠慮せずに食わせてもらうとしよう」

「ああ。懐は暖かいからな。任せろ」


 そう笑い合って、ルークスは組合を出て自宅へと向かった。日も陰り、露店はほとんどが完全に閉まっていたが、途中で売れ残りを叩き売りしている露店を見つけて、串焼きを四本買い、食べながら自宅へと向かった。冷めかけている。それを抜きにしても、少し筋張っており、あまり美味くは無い肉だった。売れ残るのもわかる気がしたが、それでも腹は肉を求めていた。

 筋張った肉をしっかり噛みながら歩いていると、三本目を食い終わるころには、自宅が見えてきた。

 あと一仕事だ。それで眠ることができる。

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