第24話 街並

 日も落ちてしまい、通りは一気に暗くなった。周囲の家々、商店などから漏れる灯火の明かりが、煌めくように瞬いている。まだ平民層では、ろうそくや暖炉を中心とした、火の明かりが一般的だ。

 この夜の街路から見える火のゆらめきを幻想的だと言ったのは誰だったか。どこかの王族か貴族の令嬢だったか。実際にこれを作り出している家々の内情を知ったら、卒倒するだろう。少なくとも、ろうそくが一般的になったとは言え、安いろうそくはのだ。野営で使う着火剤ほどではないとは言え、燃やせば混ぜものの臭いがしてくる。もちろん暖炉の着火剤には糞燃料が使われている。少し気の利いた店では、脂を使った着火剤を導入しているらしいが、それでも多少の匂いはする。

 この街路をだと評することができる程の家庭にいる者であれば、その匂いですら耐えることはできないだろう。そのような階級にいるものは高級なろうそくや、何より、高価な魔道具の明かりを使っていることが多いからだ。


 平民で魔道具の明かりなどを用意できる程の資金力があるのは、一部の商店や裕福な者くらいだった。何より魔力を効率的に使えるのは、一部の才ある者くらいで、あとは魔法や魔術教育を受けた者だけだ。そしてそのような教育は平民にはなかなか受ける機会がない。

 そのため、魔道具への魔力補充をしたら、昏倒してしまう者がほとんどだ。魔力枯渇というらしいが、魔力がなくなっても昏倒しない者も稀にだがいる。その差異がわからない以上、他の言い方をすべきだと議論されているらしい。議論に参加することは一生無いだろうが、それでも議論の行方は気にはなる。

 昏倒しても、滅多に死ぬようなことにはならないが、それを見ている者からしたら止めろと言いたくなる。もちろん、自分から進んでやろうとする者も少ない。寝台の上で魔力補充をし、昏倒するままに眠る者もいるが、そこまでして魔道具を使おうとするものはかなり少なかった。


 そんな平民、いや一般庶民達の灯す明かりと、酒場を含めた夜間営業をしている店が出す篝火によって照らされる街を歩き、門を開ける。


 門と言っても、正確にはの門ではない。ルークスが住んでいるのは八世帯が住んでいる少しだけ特殊な長屋だ。元々は家族持ちの衛兵が暮らす寮のようなものだったらしい。古い石造りの二階建ての大きな建物に、八箇所の玄関が作られており、中はそれぞれの家として独立している。共有部分となるのは門と庭、そして井戸くらいのもので、排水設備なども後付ではあるが各家に整っている。

 元々は街の門の近くに存在していたらしいが、街の拡張により、いつの間にか中心街からも街の門からも遠くなり、衛兵宿舎として不便になったことと、家族持ちからはもう少し広い家に住みたいという要望が増えたこと、独身者には少し広いし、食事を一人で作るのも面倒だということで、人気が無くなり、どこかの商家に売り払ったものが、いつの間にかこのような住宅になったのだ。


 もちろん独り身で、冒険者のルークスにとっても、部屋の広さを持て余すこともあるし、門から距離があるのは不便だった。独り身の冒険者にとっては少し割高ではあったが、地区の治安はもちろん、住人達の穏やかさ、何より一人でゆったりと過ごせるところが気に入っていた。料理もすれば、様々な道具を自作することもある。多少持て余しても広いに越したことはなかった。そして、決して裕福ではないが、この程度の贅沢をするくらいには余裕があった。

 閉められた一階の窓の隙間、まだ開きっぱなしになっている二階の窓など、あちこちから光が漏れている。どこの家も皆家族の団欒を過ごしているのだろう。


 暗くなっているのは奥から三軒だ。入り口に近い家は、この数日に新しい住人が来ていなければ無人のはずだ。住んでいた家族に、先日六人目の子供が生まれ出ていった。六人で住めないこともないが、少々手狭だ。どこかの組合の職員だったので、それなりに予算もあったことだろう。比較的中心街に近いところに住むと言っていた。ただ、長年住んだ場所であり、諸々の快適さがある場所を離れるということで、名残惜しそうにしていたのを思い出す。

 その隣がルークスの家だ。窓は閉められている。外からはただの木造の窓にしか見えないが、内側には鉄板を打ち付け、鉄のかんぬきがかかっている。留守にすることも多いので、念の為に改築したのだった。


 そして、一番奥。自宅に寄らずに一番奥の家の扉を叩いた。真っ暗な家の中から微かに物音がする。もう一度扉を叩き、二階の窓を見る。二階の窓は閉まったままだ。


「……だれですか?」


 幼い声。


「隣のルークスだ。ニニギアを持ってきた」

「ほんとうにおじちゃんだよね?」

「ああ。そうだ。この前言ったように、二階の窓から見ると良い」

「うん。えっと、ちょっとだけまってください」


 小さな軽い足音が駆けていく。二階の窓が少しだけ開くまで、時間はかからなかった。開いた窓に顔を向けて手を挙げる。

 窓が閉まり、今度は足音がこちらに駆けてくる。そして閂を外す音がする。重さに苦労しているのだろう。苦労しながら外し、扉が開いた。


「おじちゃん!」


 そして子供が、扉の隙間から顔を覗かせた。

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