第22話 組合

 いつも通りの街の空気だった。まだ日は沈んではおらず、仕事を切り上げて家路につこうとする者、商品を売り切ろうと張り切る露店商、一杯引っかけに行こうとする者たちで中央通りは賑わっていた。


「一番混む時間に着いてしまったな」


 口をついて出てしまった。今まで人気がほとんどない森で五日、ガレンとベートが現れてから二日、一旬には満たないものの、それだけの期間静かな環境で過ごしていたため、余計に混み具合に嫌気がさしてしまった。


「組合も報告や換金で混んでると思うと憂鬱になるな」

「たまたま空いているという幸運にでも祈るとしよう」

「昨日全ての幸運を使い果たしただろうから、しばらくは幸運には期待できないな」

「教会で祈りでもするか」

「良いな。でも、今日はダメだな。が無いからな」


 ガレンも安心したのだろう。教会へ皮肉を言っている。


「確かにそれじゃどれだけ祈っても聞き届けてな。大人しく並ぶ覚悟を決めるとするか」

「そうだな」


 そう言いながら組合へと向かった。

 街の門から中央通りを進み、千歩ほど進んだ先にある石造りの建物に入った。三階建ての立派な建物であり、領主の館よりも大きい。この建物の一階の半分ほどがファスバーンの冒険者と、この街にもわずかながら存在するのための冒険者狩人組合だ。狩人というのは、動物を中心とした獲物を狩ることのみに特化した職業を指す。一部の地域では、魔物も狩ることもあり、地方の街や村では戦闘力としての力も期待されている。


 それに対して冒険者は、狩りはもちろん、採取、搬送、護衛など、様々な場所に移動することが多く、決まった場所での活動をすることが少ない。旅をして未発見の動植物、魔物、自然や資源を見つけることがあり、多くの場合危険にさらされる。そのため、者などという名前をつけられた。そういう生き方しかできなかった無法者はもちろん、未開拓の地を踏破してみたいという好奇心や心に溢れたものがなる職業だった。そして、そういった生き方をするものは、食うためにはどんな仕事でも厭わずに手を付けていくことで、様々な職業の仕事を奪い、揉め、ぶつかり合い、時には融和し、一定の認知度を得た。


 そんな中で、特に戦闘技能を中心とした職業の中で、狩人と呼ばれる職業とは親和性が高く、融和が進んでいった。狩人という専門職業は、獲物を狩り、それを売るという点で、冒険者とは競合する存在でもあったが、冒険者が狩人の縄張りを侵食するにつれて、狩人の方も冒険者の縄張り、つまり植物の採取であったり、護衛のような仕事を受けるようになったのだ。街によっては険悪な関係になり、抗争に発展することもあったようだが、ファスバーンでは互いに協力関係を築くことが進み、他の職業から見ればほぼ同じものであると見られるようになった。


 街に定住して、その街近辺の魔物や動物を狩る冒険者と、他の街までの移動や輸送隊の護衛をし、帰りに動物を狩ってくる狩人には、もはや垣根はなかった。ただ、それでも、自分自身が何者であるのかという各自のこだわりは捨てきれず、冒険者を名乗る者、狩人を名乗る者、両方が存在した。

 しかし、実質同じことをするのであれば、互いに効率良く物事を進める方が良いと、両組合の長と、当時の領主が英断を下し、という組織が生まれたのだった。口に出すには長いため、それぞれ冒険者組合、狩人組合、もしくは単に組合などと言っている。

 この背景を知っている者はどれだけいるのだろうか。

 ルークスは商人であった背景から、街の歴史や背景、組合の規則などについては、念入りに調べる癖がついていたため知ることができたが、他の者は知らずに過ごしているのだろう。


 この建物は二階や三階には商業や工業など、他の組合が入っている。二階に上がる階段は、冒険者狩人組合とは別の入り口になっているため、そういった組合に所属する者たちとは、あまり交流が無い。つまり、魔物や動物の血で汚れていたり、見た目からして荒くれ者のような冒険者・狩人とはそこまで関わりにならないように設計されていた。

 そしてお誂え向きに、一階の残り半分は衛兵の詰め所も入っており、何かがあった時にはすぐに出動できるようになっている。この辺りの配置はもちろん、冒険者と衛兵達の関係が他の街に比べて圧倒的に良いことなど、見事な采配としか言えなかった。冒険者の気性が穏やかなのも、衛兵との関係が良いことと無関係ではないだろう。


 そのような場所なので、どんな時間でも比較的安全ではあるが、一箇所に様々な機能が集積しているため、人の数も多い。その人を目当てにした露店なども多く、より人で賑わっていくという、活気という意味では素晴らしい循環を可能としていた。

 しかし、商売も辞めたルークスにとっては、人混みも活気も憂鬱の一因でしかなかった。わざわざ口に出すと、余計に憂鬱になりそうだったので、ガレンのようには敢えて口に出さなかったが。


 組合の中に入ると、外の混雑に比べると多少はマシだった。依頼関連の受付と、狩猟関連の受付に分かれている。狩猟、つまり獲物の買取を行うのは、実際には組合の裏の保管所だが、ここで受付だけはしておかなければならない。そちらで順番に名前を呼ばれ、担当者と共に裏の保管所へ行き、査定、買取、場合によっては解体などを行う。狩人など、特に依頼を受けていない場合はこちらに並ぶことになる。


「ガレン、あっちで売却手続きをしておいてくれ。俺は依頼の報告をしなけりゃならない」

「それがあったな。どっちが先に終わるかわからないから、終わったらお互い合流しよう」

「わかった」


 そう言って別れて、お互いに受付の列に並んだ。

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