第21話 帰還
ガレンに揺り起こされて目が覚めた。
「すまない。どうやら熟睡してしまったようだ」
「いや、問題ない。今日はあれだけの戦闘をしたんだ。疲れても仕方ない」
「ああ。先に寝かせてもらって助かった。おかげでかなり疲れは取れた。寝てくれ。二刻経ったら起こす」
「そうさせてもらう」
横になったガレンは程なく眠りについた。やはりガレンもかなり疲れていたのだろう。ベートと組んでいた以上、森に入る前の野営でもあまり寝ていないだろう。そして、昨日は朝食だけ。その前は野営後に朝食は食べたかもしれないが、昼くらいには四つ手に荷物を奪われているはずだ。一日一食でなんとか身体を動かしているに過ぎない。
よくあれだけの攻撃を防いだものだ。
改めてガレンの体力に関心する。そして、泣き言を一切言っていない。四つ手の増援が現れた時以外、空腹も眠気も訴えていない。何か一つきっかけがあれば化けるだろう。今回の件がそうなれば良いが。ルークスは湯を飲みながら考えていた。
静かな夜だった。風もなく、虫の鳴く声すら聞こえない。森から離れているからだろうか。魔物の襲撃よりも、野盗のほうが心配だが、森の入り口でわざわざ野営する物好きは多くはない。そもそもが、わざわざこの森に来ることは少ないのだから。
集中力が途切れてくる。火のついた枝を一本持って、川へと向かい顔を洗った。行水するには暗すぎるので、それだけに留めた。
二刻の間はなかなか退屈だった。刃こぼれし、どこかが曲がってしまった剣を抜き、眺める。この剣は良い剣だった。特別な能力も、謂れもない、良い金属を鍛え、研ぎ、設え共に素晴らしい出来だった。ルークスの手に渡ってからは、三度ほど研ぎに出したが、それ以外は特に問題無いと言われていた。作った本人がそう言うのだ。
しかし、今度はどうか。刃こぼれは研ぎでなんとかなるかもしれない。幅が多少細くなる可能性は否めないが。重心が崩れるほどに研ぎを入れるようであれば、室内で飾りにでもしよう。そして、刀身の曲がりも直らないようであれば、それは同じだ。
修理代は、四つ手の腕を売れば作れるだろうか。貯め込んでいる分も使えばなんとかなるだろうか。さすがにそれは何とでもなるか。本来なら魔剣と呼ばれるような剣を新たに買うことだってできたはずだ。使えるかどうかは別問題だが。ただ、それでもこの剣を使うことを選んだのだ。修理程度の金額はなんとでもなるし、直らなければ新しい剣を買うか作れば良いだけだ。
そして、鉈とナイフ。これはどちらもこのままで良いだろう。現時点でも問題無く使えているし、鞘を使えば元通りになるはずだ。戻った時に誰かに依頼しよう。自分が使えれば良いのだが、少なくともこの三年間ではまともに使えるようにはならなかった。
いつか使える時が来るのだろうか。
剣にしろ、魔道具にしろ、今の時点でこんなことを考えても意味は無いのだが、それでもルークスは暇つぶしも兼ねて考えざるを得なかった。
取り留めのないことを考えながら時間を潰し、時々薪を足して、空が白むのを待った。
空が白み始めたところで、昨日と同じく薪を足し、川で水を浴びた。右腕の傷は多少血が滲むがある程度塞がっている。左肩の傷はまだまだ癒えないようだが、それでも傷口が腐るようなことは無さそうだった。
その後、ガレンを起こした。ガレンも軽く水浴びにいき、互いに湯を飲み、身体を温め空腹を誤魔化したところで、川下へと向かった。
途中で二度ほど軽い休憩を挟んだが、なんとか日が傾き始めたくらいには街が見えてきた。少しずつ緊張が緩んでくる。だが、街に着いてもすぐに何もかもが終わるわけではなかった。
「組合で腕の処理と、四つ手の報告をしたら解散だな」
「ああ。本当に今回は助かった」
「お互い様だ。お前の依頼は大丈夫なのか?」
「ああ。今日明日は休んで、明後日からもう一度仲間を募って森へ行くつもりだ。依頼を取り消しても良いが、時間はまだあるからな。灰狼の牙と爪、火呑み鳥の羽を持って帰らなきゃならないからな」
「灰狼か。何匹かやったんだが、取って置けばよかったな」
「それでも火呑み鳥の羽があるからな。どうせ探している間に灰狼に出くわすだろうさ」
「それもそうか」
火呑み鳥は決して個体数としては多くはない。森の中で焚き火をしていると稀にどこかから飛んでくる珍しい鳥だ。肉も美味く、魔物の肉としては上質な部類に入る。昼も夜も関係無く、焚き火を見つけて飛んでくる。そして火の側に居座るために、周囲にいる生物、ほとんどの場合は人間だが、それを殺し、そこにある火を独占しようとするのだ。火から出る何かが誘っているのだろう。
「そう言えば、ルークスの依頼はなんだったんだ?」
「……ニニギアの採取だ」
「ニニギアだって? そんな依頼が出てたのか……まさか見つけたのか?」
「ああ。ちょっと面倒な場所だったが、だいたいの場所は予測できていたからな」
「すごいな……」
「面倒なだけで、難易度が高いわけじゃない」
「それでも、あれを一人で見つけるのはなかなかできることじゃない」
「そこは慣れとコツ、そして集中力だな」
「四つ手の腕と尻尾、牙もある。剣のことを差し引いても、それなりに稼ぎになったんじゃないのか?」
「……どうだろうな」
ガレンの言う通り、本来ならそれなりの稼ぎにはなっただろう。それでも、今回はどうなるのだろうか。剣の修理代がどうなるか次第だ。
「とりあえず、早く組合に行こう。そうしたら、その後は飯でもどうだ? 奢らせてくれ」
「気にする必要はない」
「一人で食いたいと言うならそう言ってくれ。この腕はもらい過ぎだと思ってるんだ。釣り代わりに奢らせてくれ」
そう言って食い下がるガレンに対して、ルークスは少しだけ馴れ馴れしさを感じながらも、邪険にすることは憚られた。
「ありがたいが、たぶん依頼主に会う必要がありそうだ。次の機会……いや、明日でどうだ?」
「わかった。では今日はさっさと終わらせよう」
少しだけ安心したかのようなガレンは、疲れているにも関わらず、足取り軽く街へと向かっていった。
街の入り口まで、数十歩のところまで来ていた。
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