第14話 墓標
甲高い音と、重く腹に響いてくるような音が混ざり合っている。
ガレンは大型の殴りつけや、ひっかき、そして距離が空いてからの突進まで、全て防ぎきっている。足元を狙われないように、少し腰を落とし、上下どちらの攻撃にも対応できるようにしていた。正面から見ればあの大盾で身体のほとんどが隠れているはずだ。
だが、腰を落としたまま攻撃を防ぎ続けるのは、凄まじく体力を使う。身体が振り回されない分、よっぽどマシではあるものの、それでも長くは持たないだろう。
ガレンが黙々と攻撃に耐えている中で、ルークスは焦れていた。素早く、力強い攻撃を繰り出す大型の四つ手を相手に、どう攻撃に入ればよいのか。それだけではない。滅多に人と組んで動くことが無いルークスには、こういった状態の時にどう動けばいいのかが、身体に染み付いていなかった。
四つ手が次の攻撃を仕掛ける瞬間に前へ出る。そして、ガレンが攻撃を弾いたところで、斬りつける。
これしか浮かばなかった。素早く、力強い攻撃を受けきれるわけはない。自分にできることは、相手の攻撃の前後を突くことだけだと、ルークスは自分自身に言い聞かせる。
四つ手が前に出る。
ルークスは踏み出した。五歩の距離。ガレンの左側を通りすぎるように前に。
音。
ガレンの盾と四つ手の腕がぶつかった。払いのけるようにガレンは強く押し返した。
四つ手が宙に浮いているかのように見える。時間がゆっくりと流れている。
身体が重い。
前に、前に出るんだ。
自分の身体に命令する。足を、手を、動かせ。前に。
一歩。
右足。前に出た。
固い土を踏みしめて、ルークスは前に駆けていく。四つ手は地面に着地したところだ。
目が合う。
剥かれた牙。大きく開かれた口から見える。そして、頭が下に向き、四つ足になった。そのままルークスに飛びかかる準備をしているのだろう。
三歩目でガレンの横を通りすぎ、あと二歩で鉈が届く。
そして一歩。そこで鉈を振った。右の上段から、左下に流れるように。
鉈の刃は四つ手の前腕に侵入し、そのまま通り過ぎる。腕を切り落としてもまだ勢いはついたままだ。その勢いのまま、首、いや、肩だろうか。首と肩の間から身体の中心に向かって刃がめり込んでいく。
刃は少しずつ、深く、深く進んでいく。鉈の背の部分よりも深く入ったところで、止まった。そして四つ手の顔が、目の前にあった。恐ろしい表情をしていた。
気がついた時には、枝が見えた。そしてその隙間から晴れた空が見える。
はっとしてすぐに身体を起こしたところで、ガレンの背中が見えた。
「ガレン!」
呼びかけながら、立ち上がろうとするが、よろけて地面に手をついてしまった。
「大丈夫か!?」
「四つ手はどうした?」
手を付きながらなんとか起き上がり、少し視界が揺れているが気のせいだと思い込みながら、ナイフを抜く。
「大丈夫だと思う。さっきから起き上がらないん」
ガレンに近づき、ガレンの背中越しに地面にいる四つ手を見た。仰向けになって倒れている。腕も、足も動いていない。地面には赤い染みができている。血だ。そして、身体の中心に近いところから鉈が突き立っていることだ。
「……倒したのか?」
「多分だが。ルークスが後ろに吹き飛ばされたあとに、何歩か後退ったから、その間に入って盾を構えていたんだが、そのまま倒れた」
「それからどれくらい経ったんだ?」
「どれくらいって……本当に倒れてからすぐだぞ」
「なに? そんなに時間は経ってないわけか」
「まさか、記憶が無いのか?」
「そこまで大げさなものじゃない。一瞬意識を失っていたみたいだ」
「大丈夫か?」
「ああ。いや、少なくともこうして喋る分には問題はない。ただ、戦えと言われても無理だぞ。あとは頼んだ」
「それは俺も同じだ」
そう言って、ガレンは少しだけ笑ったようだ。
「とりあえず、本当に死んでいるのか確かめるまでは落ち着かない」
「そうだな。確認するか。しかし、あの鉈が墓標みたいに見えるな」
「月並みな感想だな」
二人で四つ手に近寄った。ガレンが、足で四つ手の身体を軽く蹴ったが、ぴくりとも動かない。胸も目も動いていない。目は半分開いたままだ。そして、口からは牙が見えている。ただ、口は力なく開いており、最後に見た表情とは似ても似つかない、まるで違う魔物を見ているようだった。
「動かないな。これで終わったんだよな? もう出てこないよな?」
ガレンに言われてはっとした。
「待て、最初に倒したやつと、途中で逃げたやつがいるだろう」
「さすがにどっちも来ないだろ」
「ダメだ。敵の死亡を確認するまでが戦闘だ」
「……そうか。そうだよな。それが冒険者なんだな」
「……ああ、そうだ。いや、少なくとも俺はな」
そう言いながら、目の前の四つ手に《生えている》鉈を四つ手の身体から抜き取ろうとした。かなり深く食い込んでいる。肩と首の間から入って、喉と腹の中間まで食い込んでいた。
ここまで力が出たのかとルークスは自分自身への驚きと共に、この鉈の切れ味に感謝した。この鉈を選んだのは間違いではなかった。ただ、彫られた名前の持ち主はもういない。
足で四つ手の身体を抑えながら、鉈を動かして抜き取る。その際に、ルークスは左肩に強い痛みを感じた。左肩を見ると、上腕部から肘にかけて四本の傷と、真っ赤になった服が見えた。傷を見ると同時に凄まじい痛みがする。心臓の鼓動と同じ拍子で傷口が痛むのだ。
傷の治療をしたいところだが、まだ戦闘中だ。我慢をして鉈を抜き取った。鉈には赤い血がべったりとついていたが、一度正面に向かって振り、大雑把に血を払った。
「まずは最初の一匹だ。……どこだ?」
「ん? あそこだな」
そう言ってガレンが指差す方を見た。三十歩程離れたところに四つ手が倒れている。
「ここまで離れたのか……」
いつの間にか大きく引き離されていた。何度も吹き飛ばされたから当然でもあるが。途中に剣の鞘が落ちている。剣も探したいところではあるが、まずは死体の確認が先だ。
最初に倒した四つ手は腹から肩にかけて、斜めに一本の線が走っており、血が大量に出ていた。傷口からは血以外にも黒や茶色の体液が漏れている。内臓も斬ったのだろう。それが致命傷になったようだ。大量の血とピクリともしないことで死んでいるのは見てわかるが、それでもルークスは軽く蹴り、生死を確かめた。この四つ手も、虚ろな表情で天を見つめている。もちろんそのように見えただけだ。目も動いていない。
「大丈夫だな。あとは逃げた一匹だが……」
「現時点では攻撃はしてこないようだな。本当に逃げたのかどうか気になるな」
「腕を一本斬っていただろ? さすがに襲ってこないだろう」
「……手負いの獣は危険だ。それにこいつらはなぜかお互いに対して強い執着を持っていたからな」
「たしかに。まるで人間の家族のようだった。こいつが母親で、あのデカイのが父親、小さいのが子供か」
「……そうだとしても、魔物だからな。それを考えてしまってはどうしようもない」
「俺も家族だから見逃せとは思っていないさ」
「いずれにせよ、警戒しながら解体だな。あと、俺は剣を探さなきゃならん。鞘はそこに落ちてるが、投げた剣がな」
「ああ。あれは助かった。横目で見えてはいたんだが、大型の攻撃を防ぐので精一杯だったからな」
「いや、こちらも何度も助けられた。ありがとう。感謝する」
「……そうやって礼を言われるのはいつ以来だろうな」
少しだけ俯くガレンを見ないように、鞘のところまで歩いていった。
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