第13話 切札
四つ手が向かってくる。機会は一度だけだ。逃せば後はない。ルークスも踏み出した。
足が地面に届くまでがもどかしい。早く届け。地面についた瞬間に、また地面を蹴る。二歩。次の一歩でぶつかる。合わせる。言い聞かせた。
衝撃。
大きな音が聞こえたのはその後だ。
飛んだ気がした。
だが、すぐにぶつかり、転がった。見えるのは地面だ。
体勢を整えなければ。四つ手は。何があった。剣はどこだ。
ルークスは混乱する頭をよそに、自然と周囲を見渡し、息を呑んだ。
ガレンが四つ手と対峙していたのだ。
中腰になり、盾を振り回すようにして大型の攻撃を弾き返している。近い距離で、何度も、何度も大型が振るう腕を防いでいる。
まだ状況を整理しきれていないが、チャンスだと思った。この状況ならやれるかもしれない。剣を探す。すぐ目の前にあった。目の前にあるものにも気付かない程、混乱していたのか。
剣を握りしめ、ガレンの元へ向かおうとしたその時、同じくガレンに向かう影。小型だ。今度はガレンが二対一で攻め立てられる。大型の攻撃を捌いているガレンは気付いていない。
まずい。
咄嗟にそう思った。駆けようと踏み出した足をそのままに、踏ん張る。身体が前に出る勢いを利用しながら、右腕を大きく振るって、剣を投げつけた。
「ガレン!」
そして同時に走った。剣は地面にぶつかり、そのまま転がっていった。ただ、小型は警戒したのか、大きく後ろに下がった。
そのまま走りながらナイフを抜く。声を張り上げる。小型と目が合った気がした。
「任せた!」
ガレンから声が届く。このままガレンは大型を抑えてくれるはずだ。ルークスが小型を倒せば一対一。小型がこちらに向かってくる。
全身が熱くなっている。左手に握ったナイフ。届くのか。届かせる。言い聞かせながら、走る。小型も向かってきている。だが、大型の突進のような体当たりではなく、途中で跳び上がりこちらに向かってくる。
上半身を右側に倒しながら、右前方に足を踏み出し躱すと同時に左手のナイフを振り払う。手応え。しかし、浅い。
すぐに小型に向き直る。左の後腕が赤くなっている。斬ったようだが、あの感じではまだ充分動くだろう。威嚇の声を上げている。剣は視界には無い。探す余裕は無い。
左手を前方に出し、逆手に持ったナイフを構える。どこかを斬ることはできなくはないようだ。ただ、ナイフで致命傷を与えるのは難しい。急所を狙うしかない。
もう一度小型が向かってくる。避ける。ナイフを振るう。下がる。踏み出す。避ける。ナイフ。まるで毎朝の日課のように規則正しい動き方になっている。戦闘経験が足りないのだ。やはりまだ子供なのだ。それを考える余裕があった。だが、ナイフでの攻撃も届いておらず、経験不足はルークス自身も同じだった。
近い距離で、踊るように、一定のリズムで動き回っている。いつの間にか動きになれたようだが、完全に膠着している。このままだと体力が無くなった方が先にやられる。そして、それは自分になるだろうとルークスは思っていた。
何か無いのか。剣、剣さえあれば。剣の間合いなら。それでも遠い。背中を見せることはできない。
背中。
背中だ。
なぜ気付かなかったのだ。武器ならある。ルークスは笑い出したくなるのをこらえたが、もし見ている者がいれば、まるでこの状況を楽しんでいるかのように見えただろう。ルークス自身は気付かなかったが、満面の笑みを浮かべていたのだった。
何度か小型の攻撃を避け、攻撃の合間を縫って少しだけ距離を置き、右手を腰の後ろに回した。
「卑怯だなんて言ってくれるなよ? こいつのことをすっかり忘れていた、ただの間抜けなんだからな」
言葉のわからない四つ手に向かって喋りかけるルークス。その右手には鉈が握りしめられていた。
先端は平らで、鋒が存在しない鉈では突きはできない。ただ、その肉厚で、太い木に打ち付けても刃こぼれを起こさないにも関わらず、鋭い切れ味を持った刃ならば。
いけるはずだ。
ルークスは確信した。急に自分自身が強くなったかのように錯覚している。それに気付き、自分自身の滑稽さに笑いが出そうだったが、攻撃力が何倍も高くなったのは事実だった。
構えは大きく変えない。左手を前に出しながら、今度はこちらから踏み込む。
誘い。
出てきた。四本の腕全てを振り上げ、飛びかかってくる。
ルークスは身体を低くし左に跳びながら、そのままの勢いで鉈を横に振った。肉を斬る感触。浅いか。振り切ると共に、顔だけを四つ手に向ける。立っている。傷は見えない。勢いで上半身が完全に左に回りきった。そして今度は元に戻るように身体を回転させながら体重を乗せていく。
首。狙う。振り切る。
血。飛び散る。赤。
そして腕。
四つ手の首を狙った切り払いは、右の後腕に当たり、そのまま切り飛ばした。首には届かなかった。狙いがズレたのか、四つ手が動いたのか。
ただ、腕を斬り飛ばされ、大きな声をあげながら後ろに倒れていくことだけは明確だった
追撃はできなかった。
凄まじい音。いや、咆哮だ。大型がルークスの方を見て咆哮をあげている。ガレンも動きを止めてしまった。大型が走ってくる。ただ、ルークスにではなく、小型の四つ手の前に立ち塞がっている。
守っているのか。驚きはなかった。最初に倒した四つ手を庇うように出てきた二匹のことを思えば、当たり前の行動だろう。ただ、その姿に一瞬だけ何かを思い出してしまいそうで、ルークスは陰鬱な気分になった。
小型は高い声で鳴き続けている。腹に線が一つ。そして右の後腕がなくなっている。戦闘力はかなり下がったはずだ。それでも止めを刺すまでは安心できない。
鳴き続けている小型を背にした大型がまた咆哮する。小型が一鳴きした。それに咆哮で返されると、小型は後ろに下がっていく。逃げろとでも言ったのだろうか。
追うべきだ。
一瞬浮かんだが、そんな余裕は全くないことをすぐに思い出した。ほぼ無傷の大型が目の前にいるのだ。無視して追うことなどできるはずがない。
ナイフをしまい、鉈を構え直した。少し窮屈だが、右手を下から包み込むように左手を添えた。大型の膂力には片手では太刀打ちできないのがわかっている。あとは皮膚がどれだけ硬いのか、刃がどの程度通るのか、それ次第だ。
腕を少し曲げ、いつでも鉈を振ることができるように構えた。刺突ができないのが難点だ。相打ちのような危険な戦い方になるが、向かってくる相手に攻撃するには効率が良く、一番得意でもあった。それでも今あるもので戦うしかない。
「ルークス!」
ガレンの声だ。足音。ガレンがすぐ隣に来た。
「あいつの攻撃は俺が抑える。だから止めを頼めるか」
「わかった。お前、槍は?」
「邪魔だったからな。片腕では止めきれない」
「なるほどな。じゃあ、その二本の腕でしっかりと四本の腕を止めてくれよ」
「ああ、任せろ!」
この土壇場で急激に頼もしくなったように思えるガレンが、盾を構えたまま前に出た。
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