第15話 痕跡

 鞘を拾い、周りを見渡す。しかし、剣は見当たらない。大型の方だろうか。大型の死骸の方に向かおうとすると、ガレンから声がかかる。


「ルークス、こいつを運ぶのを手伝ってくれ」


 ガレンは四つ手の足を持ち、引きずっている。


「おいおい、まさか丸ごと持ち帰るつもりじゃないだろうな?」

「まさか。腕と牙、あとは尻尾だけだ。毛皮はさすがに厳しい」

「それならそこで解体すれば良いだろ?」

「……あっちの奴と並べてやろうと思ってな」


 そう言って、大型を見るガレン。


「そんなことをすると、これから魔物を殺しにくくなるぞ。それはただの死骸だ」

「それでも、だよ。ただの死骸なら魔物も人も変わらない」

「どうせ他の魔物か動物に食われるだけだ。まさか埋めようってわけじゃないだろうな?」

「そこまではする気はない。それでもせめて、横に並ばせてやりたい」

「……さっきから何言ってるのかわかってるのか? 場所が場所なら異端者扱いだぞ?」


 この国も含め、各国で魔物に寄り添うような発言をする者がいないわけではない。それでも、魔物は家畜とは違うのだ。魔物を狩ることが当たり前になっている冒険者には、まず間違いなく受け入れられない。


「それでも、あんたならそういう扱いはしないだろ?」

「……」


 ルークスは急にしたたかな事を言いだしたガレンを見て溜息をついた。そして、無言でもう片方の足を持ち、大型の方へと向かっていく。

 重い。装備をつけた騎士よりも重いのではないだろうか。引っ張りながら汗が滲んでくる。三十歩近くを歩き、腕と足がかなりくたびれた。


「これで良いだろう?」

「ああ。すまないな」

「早く剥ぎ取るぞ。前腕は肩口から、後腕は付け根になってる関節も含めてだからな。えぐるようにな。あと、尻尾と牙の取り方はわかるか?」


 説明しながら、すぐに腰のナイフを抜いて見本を見せる。肉は固くなっているが、戦闘時ほどではなく、ナイフでもしっかり刃の根元まで刺さった。おかげでスムーズに切り取ることができた。


「基本的な部位なら大丈夫だ。あと、切り飛ばした腕も回収しなきゃいけないな」

「ああ、忘れてた。こいつらから剥ぎ取ったら頼む。俺はこれが終わったら剣を探す」

「投げてたよな? 見つからないのか?」

「そんなに遠くに投げたつもりはなかったんだがな……あっちの茂みの方にでも飛んでいったか?」

「さすがにそこまで確認する余裕はなかったからな……あ、もう大丈夫だ。腕の取り方はわかったから、探しに行ってくれ。俺は剥ぎ取ったら残りの腕を探してまとめておく」

「そうか。頼んだ。ああ、そこの背負い袋に予備の革袋があるはずだ。適当に使って良い」


 茂みの方に歩いていき、鉈を取り出して茂みを軽く払う。草や背の低い木の枝が払われ、見渡しが良くなった。足元を見ながら鉈を振り、前に進むが見つからない。折り返し戻るように広い範囲を探したが、それでも見つからなかった。

 何度も折り返しながら鉈を振り続ける。次第に疲れた腕が上がらなくなってくる。少し休憩がてら、草が茂っていない方へと歩みを進めた。

 赤い地面。斑点のように続いていく。血だ。子供と思しき四つ手が逃げた跡だろう。


 まさか。

 嫌な想像が頭をよぎる。


 こちらの方に飛んできたとは思えない。茂みの方だ。いや、もちろん確実にそうだとは言えない。

 この身体の疲労具合だ。休憩はもちろん、食事も取れていない。使もそのうち出てくる。それにニニギアを早く持ち帰りたい。これ以上奥まで剣を探しに行く余裕は無い。それでも。

 ルークスはガレンのところに戻った。


「ガレン、すまないが剣が見つからない。剣が落ちた場所の近くに、森の奥へ向かう血の跡があった。それを追おうと思う」


 ガレンは驚き、目を見開いた。


「あの子供が剣を持っていったとでも言うつもりか? いや、それ以上に、その身体の状態で追うつもりか!?」


 ガレンに指摘されて、ルークスは自分の身体を見た。そう言われればと、左肩が思い出したかのように痛み始めた。まだ何の手当もしていない。そもそもの疲労もある。


「ああ。剣を取り戻さなきゃならん。傷の治療だけしたら、すぐに追うつもりだ」

「さすがにいくらなんでも……」

「危険があるのはわかっている。それでも、だ」

「そこまで良い剣だったのか? 買い直すなら、四つ手の腕を売れば多少は……倒せたのはあんたのおかげだ。俺も少し出しても良い」


 殊勝なことを言うガレンに笑みを返す。


「口約束でもそんなことを言うもんじゃない。搾り取られるぞ」

「だが……」

「そもそもこいつらはで倒したんだ。売った金も折半だ」

「食事も火もある。道案内の報酬だって……」

「もう良いんだ、そんなことは。臨時とは言え、俺たちは。貸し借りなんか無い。俺はそう思っている」

「ルークス、あんた……」

「とりあえず、そのまま作業を進めてくれ。任せて悪いんだがな。俺は傷の手当だ」


 ルークスは貸し借りは無いと言いつつも、ガレンに作業させていることにほんの少しだけ罪悪感があったが、朝食を分けたことを思い出し、飯代に丁度良いと思い直し、自分の怪我の治療をした。

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