第10話 接近
一刻ほど歩いた。まだ森の出口は見えない。後どれくらい進めば良いのかぼんやりと考えていたところで、森から葉が触れ合う音が聞こえた。
ルークスは片手を上げて、合図をし、歩みを止める。
「どうした?」
ガレンが近寄りながら声をかけてくる。
「動くな。森に何かいる」
「……魔物か?」
「まだわからん。枝が揺れたようだ。葉が触れ合う音がした」
「俺は聞こえなかったが」
「……気のせいだったら良いんだが、そうはいかないだろうな」
ガレンは注意力が散漫なのか、それとも音に鈍感なのか。同じ初級者でも、ルークスとは索敵や警戒に対しての感度が違うようだ。それは周囲の状況を汲み取るというだけではない。
途中で考えることを止めた。いずれにしても葉の触れ合う音がしたということは、樹状を何かが通ったということだ。鳥か、もしくは、猿か。蛇などの可能性も考えられなくはないが、あそこまではっきりと音がしたということは、樹上を通る何かがいるということだ。
この辺りにいる魔物や動物を考えると、猿、それも四つ手の可能性が高いだろう。投石の恐れもある。近寄るべきだろうか。しかし、森に近づけば樹上からの攻撃の危険性も高まる。
「ガレン。とりあえず盾を用意しておけ。歩きにくくなるだろうが、いつでも身体を隠せるようにしておくんだ。石が飛んでくる可能性がある」
「石……四つ手か。わかった」
「左側を意識しておけ。移動時は、俺との距離は二歩から三歩だ。近寄りすぎても動けない。離れすぎてもお互い援護しきれない。左、特に後方も注意してくれ。俺は左と前方を中心に見ていく」
「後方だな。正直あまり自信は無いんだが」
「それでもやるしかない。とりあえず進むぞ」
そう言って、改めて歩を進めた。後ろからガレンは付いてくる。三歩の距離にしたらしい。付かず離れずの距離を維持できている。
少し歩いていると、再び森から音がした。
「どうやら気のせいで済ませてはくれないらしいな」
「ああ、今度は俺も聞こえた」
「完全にこちらが狙われているな。狩りのつもりか」
「四つ手はこんな風に襲ってくるのか?」
「いや、聞いたことは無い。俺も四つ手とは一度しか戦ったことがないからな。その時は森の中の遭遇戦みたいなものだった」
「どうやって勝ったんだ?」
「飛びかかってきたところに剣を突き刺した。が、正直運でしかないな」
「そうか」
少しだけ沈黙が流れる。敵の姿が見えない以上、推測するしかない。敵の姿を確認するにしても、危険度が高い。無闇に近寄れば、先手を取られるだけだ。こちらには遠距離攻撃の手段は無い。
考えている側から、また音がした。
「どうやら、追っていることを隠す気は無さそうだな」
「ああ。こんな風に狩りをするのか」
「経験が足りなくて判断しにくいな。知識も。クソッ。もう少し四つ手について調べておくべきだったな。慣れもあってか、甘くみていたな」
悪態をつくルークスだったが、その間も頭を回していた。何か気付くことはないか。
音、狩り、四つ手、森、石、樹。いつ攻撃してくるのか。なぜ攻撃してこないのか。
関連する単語と疑問が頭の中を回っている。汗が浮かんできた。歩く速度も遅くなってきた気がする。
「まだ姿は見えないな……四つ手なら昨日のようにいきなり襲ってくるもんだと思ってたんだが、四つ手ではないのか?」
ガレンが能天気にも思えるような疑問を口にする。しかし、その言葉がルークスの思考を刺激した。
「まずいな。
「番だって? まさか昨日の? いや、もう一匹はどこにいるんだ?」
「推測でしかないが、前方の森にいるんじゃないか? 今横にいるのは、追い込み役だ」
「まさか」
「灰狼だって複数で狩りをするだろう? その時も囮役、追い込み役、襲撃役と分担している」
「いくらなんでも、四つ手がそんなことをするわけが……」
「思い込みは捨てろ。クソ、身体を隠せる岩は無いのか。このまま進むのは危険だ。まず挟まれる」
そう言いながら、ルークスは少し歩みを緩めた。
「昨日お前達の荷物を奪っただろう? あれで味を占めたんだ。いや、もしかすると単純に足りなくて狩りをしているだけなのかもしれないが、いずれにしてもまずいな」
「……それなら荷物を渡したら昨日みたいに引いてくれるんじゃないか?」
「こちらから荷物を渡したところで、奴らには引く理由は無いだろう。昨日は曲がりなりにも戦闘状態だったから引いたんだろう」
「手傷を恐れたということか?」
「そうだ。荷物、つまり獲物の一部を狩ることができた。危険を冒してまで追撃する理由がなかったんだろう」
「それなのになぜまた襲ってくる?」
「そんなことは奴らに聞いてくれ。再び獲物を狩る理由が何かしらあるってことだ」
話している間にも、森の中から聞こえる音が大きくなってくる。
威嚇されている。
この状況で威嚇することに何の意味があるのか。これが奴らの狩りだとするならば、追い込んでいる、ということだ。どう切り抜けるか。逃げるか。いや、逃げることはできないだろう。地の利は完全にあちらにある。川はどうだ。これも、渡河の最中に投石を喰らえば避ける間もなく死ぬだろう。水中で絶命すれば、死体を食われることは無いかもしれない分マシかもしれないが。
ルークスはつまらない考えを振り切りながら、打開策を探る。その間も威嚇のような枝の揺れ、葉の音は続いている。
そして、一つ案を思いついた。
「なあ、ガレン。お前、投石は得意か?」
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