第11話 交錯

「投石? 投石を防ぐのではなく、石を投げるということか?」

「そうだ。俺もお前も遠距離攻撃は使えない。が、幸いここは川沿いだ。もう少し川によればいくらでも石があるだろ」

「たしかにあるにはあるが……」

「奴らも石を使うんだ。こっちが使っても問題ないだろう。盾に隠れながら石を投げて、相手をひるませてくれ。その間に俺が近づいて攻撃する」

「当たるかどうかはわからないが、ある程度狙ったところに投げることはできるとは思うが……近寄れたとして、樹上の相手にどうやって攻撃するんだ?」

「もし四つ手が石を持っていたとしても、数は多くないだろう。こちらが投げ続けていれば、木から降りて石を拾いにいくか、逃げるかになるはずだ」

「なるほど」

「もし俺が近くに寄って降りてくるならそれは歓迎すべきだし、逃げるならそれでも良い。その隙に先に進むだけだ」

「わかった」

「万が一、もう一匹が出てきたら、こっちに引いてくる。その時は援護を頼む」

「一匹を抑え続けるようにすればいいんだな」

「ああ。さっきも言ったように、二対一にならないようにしてくれ。俺もそうなるように動くようにはする」


 頷いたガレンは川の方に向かう。石を拾うのだろう。ルークスも近くに寄り、一つだけ石を拾った。荷物は置いていきたいところだが、ニニギアが持っていかれてしまってはどうしようもない。多少の動き辛さは我慢するしかない。


「ルークス、こちらは準備できたぞ」


 横に並んで石を見せてくる。いくつも右腕で抱え込み、盾で隠している。拳より大きいものが三つほどあり、握れば隠れそうなものもいくつか見える。


「このまま少し森の方に戻りながら、川を下ろう。居場所が特定できたら声をかけてくれ」

「わかった。その場合は一度石を下ろしてから投げるから、上手く合わせて欲しい」

「大丈夫だ。お前が投げると同時に森に向かって走る。俺には当てないようにしてくれよ」


 笑いながら返事をした。ここからが勝負だ。できるだけ早く一匹を無効化して、まだ見ぬ番に備えたい。

 そのまま川下へと歩いていく。斜めに進むような形で、森にも近寄っている。しばらく歩くと、また音がし始める。 

 歩みを緩めた。横目で森の状況を見る。揺れている葉。枝。揺らしている四つ手の位置。わかるのか。相変わらず四つ手の姿は見えないが、なんとなくの位置はわかった。


「ガレン」

「ああ。いくぞ」


 声をかけると、ガレンはしゃがみ込み、膝立ちになって大きな石を振りかぶった。


 同時に走る。


 石がルークスを追い抜いていく。葉にぶつかる。そして音。鳴き声だ。そのまま鳴き声の方に走る。荷物が鬱陶しい。もう一度、石。立て続けに三つ飛んでくる。小さめの石だろう。

 森からも石が飛んできた。少し進路を変えて走る。また石。甲高い音がした。ガレンの盾だろう。背中から石が飛ぶ。ガレンが次々に投げているようだ。あと数歩で森に入る。


 森に入ってすぐの木の裏に四つ手がいた。


 剣を抜き、斬りかかる。避けられた。もう一回。足を踏み出し、突こうとしたところで、また石が飛んでくる。少し距離が離れているが、四つ手はの意識が一瞬そちらに向かった。

 突き出した剣が四つ手の左肩に刺さる。左前腕と後ろ腕の間。そのまま少しだけ剣を捻りながら、切っ先を外側の跳ね除けるように切り払う。

 重い抵抗があるが、切っ先が抜け、身体が右側に流れる。少したたらを踏みながらも、体制を立て直そうとしたが、肩を切られた四つ手が叫び声を上げながら、反対側の二本の腕で殴りつけてくる。


 まずい。


 ルークスは咄嗟にそう思ったが、反応できなかった。せめて身体に力を込めようと思ったが、中途半端に強張っただけだった。


 横目で四つ手の腕が迫るのが見える。


 衝撃。


 身体が流され、足元が浮いた気がした。そして、気がついた時には頭と肩に強い痛みが走る。視界が大きくぼやけるが、一瞬だけだ。


 剣は。


 握っている。


 四つ手は。


 どこだ。


 辺りを見渡すと、唸り声を上げながら、左肩を押さえている。そして目が合った気がした。咄嗟に横に倒れ込む。音。木が大きく削られている。

 何が起きているのか、考えが整理しきれない。頭をぶつけたせいだろうか。また視界が回っているように思える。立ち上がろうとするが、踏み出した足が何かに取られて、また倒れる。

 大きな声が聞こえてくる。四つ手の吠え声なのか。今の状態で攻撃されれば、避けることはもちろん、防御もできないだろう。ルークスは無意識に、頭部に腕をやって庇おうとした。

 しかし、衝撃はない。唸るような声が聞こえてくるだけだ。


「ルークス! おい、大丈夫か!」


 ガレンだった。声の方を向くと、ガレンの背中が見える。


「しっかりしろ!」


 再びガレンが声をかけてくる。ルークスは少しだけ状況が理解でき始めた。ガレンが盾で四つ手の攻撃を防いだのだ。それもルークスを庇うようにだ。


「すまん、大丈夫だ」


 剣を杖のようにして膝立ちになった。立ちくらみのように、視界が揺れ、そして端が黒くなる。


「頼む、少しだけで良い、そのまま凌いでくれ」

「わかった!」


 視界が少しずつ暗くなっている気がする。時間の感覚がよくわからない。


 2つだけやることを決めていた。


 ポーチから丸薬を取り出すこと。それを口の中に入れること。


 左手で腰のポーチを探る。何かが落ちた気がするが、気にする余裕は無い。そのまままさぐるように手を動かし、袋を取り出した。

 中身。出すことができるのか。剣から手を離した右手で、袋の口を無理やり開き、丸薬を一つだけ取ることができた。

 そして、それを口の中に突っ込んだ。

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