第2話 起床
幸いにも、熟睡することも、夢を見ることもなかった。何度か目が覚めたが、その度に周囲の物音などに注意を払い、薪を足し、再び外套に包まって眠った。
そして無事に朝を迎えることができた。遠くの空が青くなりつつあるのが、木々の隙間から微かに見える。とても静かな青だ。この時間の色は、平原で眺める残照と同じく、数少ない好きな色だ。
朝の空気は不思議と夜の空気と連続しているようには感じない。空が白んでくるだけで、空気が変わっていくような気がするのは気のせいではないだろう。
鳥の鳴き声を聞きながら、ルークスは地面に寝て凝り固まった身体をほぐしていく。身体を伸ばしながらも、耳では周囲の音を探っている。
焚き火は
今日はとりあえずは水場に出ることを優先し、補給が終われば街道へ出るために森を抜ける必要がある。
この国、リンウォース王国には国土の中央に大きな湖があり、そこから流れる、または流れ込む小さな河川が点在している。湖から見れば東に位置するこの森の中には、一本の中規模の河川と、そこに合流する複数の小川がある。またそれ以外にも小川が合流してできた小規模河川など、複数の河川や溜池のような水たまりがある。
水の国と呼ばれるだけあって、湖はもちろん、周囲の河川の水質は他国に比べて圧倒的に良いらしい。他国の場合は、ほぼ必ず一度沸かしてから飲まなければならないと聞いたことがある。こちらでは雨のあとで水が濁ってしまった場合は、沸かしたり濾したりといったことをすることもあるが、基本的には井戸水も含めてそのまま飲んでしまうことが多い。もちろん、野営時にもわざわざ沸かして飲むことなどほとんど無い。
ただ、朝のこの時間だけは別だ。
眠りから覚めた身体には冷たい水よりも、少し温かくした湯を飲む。腹の臓腑が温まり、動きが活発になる気がするからだ。食事が限られていると、臓腑の動きが悪くなり、身体の動きに影響が出るという話を聞いてから、ほぼ毎朝温かいものを飲むようにしている。あくまでも個人的な好みに過ぎないが、習慣になっている。
水筒の水はすでになく、予備の水袋から水筒に水を移していく。そして余った水を金属の器に満たしていく。茶や水を沸かすための、鍋とも薬缶とも言えない、蓋のついた酒盃といった風情の器だ。
そこまで多くの水をいれているわけではなく、食事よりも火の近くに置いたので、温まるのも早い。
湯気が出る程度に温まった湯を少しだけ冷まして口に含み、飲み下す。温かさが染みていく。そして身体が目覚めていく、そんな気配がしてくる。
温まったパン粥も食べ終えるころには、空もだいぶ明るくなってきた。
外套を脱ぎ、袋にしまい込む。胸当てを外し点検する。革紐部分が少し緩んでいるため、調整をして再度装着する。次いで、革長靴も脱ぎ、足の指を曲げ伸ばしする。胸当ても靴も、つけたまま寝ることに違和感は無くなったとは言え、それでも外した時の開放感はたまらないものがある。本来ならば、靴下を含め下着も交換したいところではあるが、洗濯してあるものはすでに無い。今日の水場でなんとかしたいところだ。
長靴を履き直し、手鋤で軽く穴を掘ってから用を足す。葉とボロ布で拭い、排泄物と共に埋める。ボロ布の手持ちも少なくなってきている。こんなところでも、物資が尽きるまでに戻る必要があることを実感する。水場があれば良いが、葉だけで処理をするのはあまり好きではなかった。冒険者らしくないと言われればそれまでだが、旅を始めたのは冒険者としてではなかったので、ルークスの持つ習慣が冒険者らしくなくても当然のこととして開き直っていた。
焚き火の上に土をかけ、火を消していく。穴も大雑把ではあるが埋めて平に均す。炭が残っていれば、他の冒険者が利用しやすくなるが、火がついた状態のものを放置していく程、豪胆ではなかった。
火の始末をつけ、腰に鉈を取り付ける。剣はベルトの左側に吊る。折り畳んだ手鋤を背負い袋にしまい、背負い上げた。
街の方角と大雑把な地形はわかっている。北西に向かえば良いはずだ。西に進み森を抜けるルートもあるが、その場合、湖まで水場となる河川が見つからない可能性もある。まずはこのまま森の中を北に進み、何かしらの水場にたどり着く方が早く、安全だろう。その後、河川沿いに西に向かえば、ファスバーンへの街道に出るはずだ。
森さえ出ればファスバーンまで一日。今日一日で森を出ることができれば、食料なども節約せずに済む。戦闘はできる限り避けていく。ただし、食料となる獲物がいた場合は時間との相談だ。
ルークスは晴れた空を一瞥し、北に向かって歩きだした。
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