ミスター・パーフェクトの完璧ではない婚活

彩瀬あいり

ミスター・パーフェクトの完璧ではない婚活


 タイラー・カッセルを評する言葉はたくさんあるが、それらすべてを含めて彼は、ミスター・パーフェクトと呼ばれている。

 二十八歳。王宮のエリート事務官。

 勤勉、実直、嘘をつかず、世辞も言わない。一分の隙もなく、小さな不正も見逃さないのはいいことだが、融通がきかないため煙たがられている部分もなくはない。

 彼は、己で定めた事象を滞りなく遂行することに終始している。起床から就寝に至るまで、すべての時間配分を決めて実行。冷たい印象を持つ硬い表情と相まって、機械のようだと囁かれたりもするが、本人は気にする様子はない。


 そのタイラーは休日の昼間、地図を片手に商業区を訪れていた。目指す八番通りは、馬車が入るにはやや狭い場所に位置しているため徒歩での移動。

 指定された店は、すぐに見つかった。通りから見えるように下がっている猫をかたどった看板には、流麗な書体で「シャノワール」と金色で刻印されており、手元のメモと一致する。

 扉を押し開くと、まず感じたのは珈琲の香りだった。

 こぢんまりとしたカフェ、座席数も少ない。窓際に設置された対面式のテーブルがふたつある以外は、小さな個人席のみ。

 タイラーはまっすぐに窓際席へ向かった。入口に背を向ける形で女性が座っている。おそらく彼女が目的の人物だろう。

「失礼。ステファニー・ローゼンさんで間違いありませんか?」

「では貴方が、エレーヌ様の?」

「はい、大叔母の紹介で参りました。タイラー・カッセルです」

 告げながら彼女の前に座り、テーブルを挟んで向かい合う。

「定刻となりましたので、見合いを始めさせていただきたいと思います」

 会議でも始めるような切り出しで、タイラーは今日の目的をくちにした。






「タイラー。お見合いをなさい」

「目的を伺ってもよろしいでしょうか」

「そんなもの、ひとつしかないでしょう」

 呼び出された時点で、薄々は察していた。

 エレーヌ・オーモンは、男女の仲を取り持つことを心の糧としている。

 仲人の実績は数知れず。血縁の有無にかかわらず発揮されるそれは有名で、タイラーの周囲にも彼女の采配によって結ばれた夫婦は多い。

 三十歳を間近にした親族の男が未だ妻帯せず、浮いた話のひとつも聞こえてこないとあっては、仲人の名が廃るのだろう。

 エレーヌの夫はいくつもの店を経営する王都でも名の知れた実業家の一人。オーモン卿の支援を受けていることはステータスとも言われるほどだ。 そんな夫のもとで、なかば道楽のように見合いを斡旋している大叔母の行動に、嫌悪感はない。配偶者が許しているのであれば外野がどうこういうことではないし、その人脈は経営に繋がっているのだ。


(たしかこの女性も、顧客の一人だったか)


 タイラーの前で艶やかな笑みを浮かべているのは、メインストリートの一角にある大型百貨店『ローゼント』のオーナーの娘だ。

 百貨店独自の服飾ブランドでモデルとして活躍し、広告塔を務めている。今日の服も店のものなのだろう。身体にぴったりと添うように作られた真っ赤なドレスは、グラマラスさを強調するように大きく胸元が開いている。

 テーブルを挟んでいても感じる香水は、彼女には合っているが、店に合っているかと問われるならば否。アンティークカフェに相応しいとはいえない。

 なぜこの恰好で来たのか。タイラーは理解に苦しんだが、カフェは待ち合わせ場所に過ぎない。ここから移動しレストランで食事。その後メインストリートへ向かい、彼女のホームともいえるローゼントへ。オーナーへ挨拶を兼ねて送り届けるのが本日のスケジュールである。

 最適な順路を考えていると、女性店員が近づいてきた。

 着席したからには、注文するのが筋だろう。

 愛用の懐中時計に視線を落とす。

 レストランの予約にはまだ間に合う。移動時間を加味しても、珈琲の一杯なら支障はなかろうと判断したタイラーは、注文を告げると改めて目前の相手に向き直った。

 ステファニーは、目鼻立ちのはっきりした女性だ。紅いルージュを引いた彼女の唇がゆっくり開いたとき、タイラーの前にカップが届いた。立ち上がる香りに、惹かれるように指をかける。

「タイラーさん」

 女の声には、やや苛立ちが混じっている。次の店へ行こうという圧を感じるが、タイムスケジュールには、この一杯がすでに組み込まれた。問題ない。ここから次店への移動時間はじゅうぶんにある。

 添えられていた二枚のクッキーを咀嚼。

 素朴なバタークッキーはほろりと咥内で崩れ、珈琲で流し込む作業に没頭。その間、一切の会話はない。タイラーにとって今は飲食の時間であり、対話の時間ではないからだ。

 食べ終わるのと同時にカップの中身も空となり、満足したところで席を立つ。

「では、向かいましょう」

「馬車は?」

「それでは遠回りとなります。近いルートがあるので歩きましょう」

 タイラーのルート選択は完璧だった。

 誤算だったのは、ステファニーの歩行速度だ。先導するタイラーの背後からはヒールの音が届くが、そのリズムは極めて遅い。

「申し訳ありませんが、もう少しだけ歩く速度を速めていただけませんか? 今の状態では、レストランへ辿り着く時刻が十五分ほどずれこみます。その場合、次の予定が詰まることになるでしょう。具体的には、訪れる店をふたつほど削っていただくことになります。たしか宝飾店を五店舗でしたか。眺めるだけならば問題ありませんが、もしも購入を考えていらっしゃるのであれば、一店舗に絞ったほうが時間が短縮されると思われます。いかがいたしますか」

 返事は、顔面に受けたワインレッドの鞄だった。



 ステファニーが去ったことで、タイラーの予定は空いてしまった。彼女を送り届けたあとで大叔母に報告することになっていたが、こうなっては仕方がない。在宅しているかどうかはわからないが、オーモン邸へ向かい面会を申し出ることとする。

 訪れた邸では、馴染みの執事に驚いた顔をされた。訪問した旨を大叔母へ伝える役目をメイドに任せ、彼自身は水を湿らせたハンカチを手渡してくる。

 汚れていただろうかと頬を拭くと、血が滲んでいた。

 そういえば、あの鞄の底には金属のびょうがあった。固い素材の鞄は顔をしたたかに打ち、思った以上に腫れてもいたらしい。

 礼を述べてハンカチを返却。案内されて、女主人が待つ部屋へ。入室すると、笑みを浮かべたエレーヌと目が合った。

「報告を聞きましょう」

 タイラーは、カフェに入ったところから詳細を語る。

 エレーヌは黙って聞き入り、鞄を顔面で受け止めたくだりで、持っていた扇をバチンと閉じた。

「よろしい。想定内です」

「そうですか」

「ステファニーがどうしてもというから会わせましたが、貴方に合うとは思えませんからね」

 婚姻を斡旋することに情熱を傾けているエレーヌにしては、珍しいこともあるものだ。失敗を見越してセッティングするなど、彼女らしくない。

 訝しむタイラーに、エレーヌは肩をすくめた。

「ローゼントとは懇意にしておきたいの。オーナーから直々に頼まれたとあっては無視できません。ついでに貴方にも、見合いをしてもらおうと思ったのよ。顔合わせはできたでしょう?」

 つまり、重要顧客の顔を立てただけで最初からうまくいくとは思っていなかったし、それでかまわないと考えていた、ということか。

「であれば、ステファニー・ローゼンと決裂したことは、たいした問題ではないと」

「あの娘はステータスを求めています。貴方は外見が整っていますから、それも含めて王宮職員の妻の座を手に入れたかったのでしょうが、己を甘やかしてくれない男にはさしたる興味はなさそうです。別の男を紹介しておきますから、執着もしないと思いますよ」

「ならば結構です」

「では、次の予定です」

 にっこり笑ったエレーヌが告げ、タイラーは次週同刻、相手違いの同予定を、心の手帳に書きこんだ。






 失敗を活かし、予定時刻より早めにカフェを訪れる。前回は女性を待たせたことが敗因だったのだろう。相手は早くレストランへ移動することを望んでいた。カフェを中継したこと自体が気に障ったのかもしれない。

 とはいえ、この場所を指定したのはエレーヌである。発起人が決定した事項を覆すことは、タイラーの信条に反する。予定は遂行しなければならない。できるかぎり、正確に。

 そういった意味でタイラーに失態があったとするならば、あのとき、飲食したことではないだろうか。店員に促されるまま注文をしてしまった。あれがまずかったと考える。


(行動はまずかったが、クッキーの味は良かったな)


 ホロホロと咥内で崩れることで広がった味。初めての感覚だった。再度求めてもよいと思えるほど、心に刻まれている。

 八番通りに入り、先週も訪れた店の扉を開く。記憶のままに届く珈琲の香り。そして、出迎える女性店員。黒髪をうしろでひとつにまとめ、穏やかな笑みを湛えている。

「いらっしゃいませ、おひとりですか?」

「待ち合わせを」

「では、窓際へどうぞ」

 窓からの採光以外に強い光源はなく、店内は奥へ向かうほど薄暗い。だが、その静かな佇まいが、この空間を居心地のよいものにしていると感じる。時間が凍結してしまったかのような感覚。タイラーは思わず懐中時計を握りしめた。

「ご注文は」

「いや――」

「本日の茶菓子は、ブラウニーなんですよ。クルミ入りです」

 その言葉に、心が揺れた。

 今回は「すぐに出るから結構」と断るつもりだったが、菓子と聞いてしまうと欲が生まれる。なにを隠そうタイラーは菓子が好きだ。冷ややかな風貌をした怜悧な青年の嗜好を知っているのは、大叔母ぐらいではないだろうか。

 タイラーの顔から何かを読み取ったのか、店員はふわりと笑みを浮かべると「かしこまりました」と言い背を向ける。この時点で断りを入れるのも店に対して悪いような気がして、タイラーは着席した。

 大丈夫だ。余裕を持って来店している。予定時刻まで猶予はある。それに女性は甘いものを好む者が多い。珈琲の一杯を共にするぐらい許容されるだろう。

 脳内でシュミレートしていると、盆を持った店員がタイラーの前にカップを置いた。皿に乗ったブラウニーは三切れ。真っ白いホイップクリームが添えられており、新雪のような美しさを演出していた。

 しっとりほろ苦い生地には、クルミと砕いたチョコレートが介在している。甘みを抑えたホイップクリームをたっぷりとつけ、くちへ運ぶ。美味しい。

 飲む、食べる、飲む、食べる。

 繰り返すうちに、ドアベルの音が響いた。顔をあげると、黒髪を短く刈りこんだ女性の姿。彼女が本日の相手、メラニー・ヒル嬢だろう。

「ハイ、タイラー?」

「はじめまして、タイラー・カッセルです」

 歩いてきたメラニーは、机上の皿を見て驚いたように目を開く。

「これは、貴方が?」

「申し訳ない、先に失礼して」

「ああ、いいの。責めてるわけじゃないし。私は結構。甘いものは好まないから」

 言い放った彼女は、ステファニーとは対照的にスレンダーな身体つきをしていた。脂肪も贅肉もないが、筋肉質にも見えない。病的に痩せているというわけではない証拠に、目にとても力がある。荒々しい態度と圧の強い言葉使い。性差を論じるわけではないが、雄々しい印象を持つ女性だ。

 印象に違わず、メラニーは己の考えを強く持っていた。昨今強くなってきた女性躍進を掲げる派閥の会長補佐を務めているらしく、社会における男女比について論じている。

 タイラー自身は女性が仕事をすることに対して、賛同も反対もない。課せられたことを遂行できるのであれば、そこに性別は介入しないと考えている。王女の近衛を務めているのは女性騎士だ。体力面の問題もあるが、男に勝るとも劣らない活躍で今では誰からも認められている。

 だが、メラニーの弁は「女にも立場を与えつつ、か弱い女性に責任を押しつけるようなことはするべきではない」というよくわからないものであり、タイラーは異を唱えた。

「仕事は仕事です。そこに性別は関係がないでしょう」

「これだから男は駄目なのよ」

「貴女は先ほどから何度もそうおっしゃいますが、平等というからには『だから女は駄目なのだ』という弁も認めるべきでは。我々が言葉を交わし始めてから一時間が経過していますが、貴女はことさらに優位に立とうとし、私の言葉を遮る。まず否定から入り、そうして己の考えを押しつけながら、さも自分は弁が立つのだといわんばかりの態度ですが、いささか要領を得ません」

 タイラーが言うと、メラニーは頬を引きつらせ、侮蔑めいた眼差しを向けた。

「オーモン夫人の縁戚の中でも、特に優秀で完璧な男だと聞いてたけど、仕事はともかく女の扱いはヘタね。貴方の考えで他人をコントロールしようだなんて傲慢だわ」

「他人をコントロールしているのは、貴女も同じではないでしょうか。なるほど。大叔母は私と貴女が似ているから娶せようとなさったのかもしれませんね」

「あんたみたいな支配欲にまみれた男は御免よ」

 メラニーが立ち上がり入口へ向かう。その背中に「メラニー嬢、会計は」と問うと、振り返りった彼女は「最低な男」と呪詛のように吐き、紙幣を一枚テーブルに叩きつけて帰って行った。

 まったく足りていないのだが、金額の計算もできないのか。いやしかしそういえば、先の会話では金銭格差の話もあり、「だから男は女に金を出させるべきではない」と言いたかったのかもしれない。今日の見合いも、女性側は優遇されるべきという考えか。

 だが見合いは決裂したのだから、ここは彼女の言うところの平等性を鑑みて、各自が支払いを持つべきではないだろうか。

 あとで請求書を送ろうと思いながら、席を立つ。迷惑をかけてしまったぶんの金額を上乗せしたタイラーに、店員は小さな袋を差し出した。

「これは?」

「サービスです」

「迷惑をかけたのはこちらです。あの女性は誇張して吹聴するでしょう。となれば、店の評判を落としかねない」

「あら。私なら、むしろ見物に行きますわ」

 意外なことを言われた気がして眉をひそめるタイラーに、女性店員は笑みを浮かべる。

「狭い店ですので、申し訳ありませんが聞こえてしまいました。ああいった方は、周囲のひとも性格を把握していると思うんです。同士の方もいれば、そうでない方もいらっしゃるでしょう。後者の方は、どんな店で何をしたのか、興味本位で見たくなってしまうのではないかしら。私なら気になりますもの。絶対行きます」

 ふっと息を吐き出して小さく笑う。それは「店員」という立場には相応しくない、いち個人の顔であり、タイラーは虚を突かれたような気がした。今の今まで忘れて――いや、意識していなかったこと。この店員も、一人の人間なのだ。

「ミスター。もしも、ほんのわずかにでも罪悪感があるのでしたら、またいらしてください。これに懲りず」

 笑みに押されるように、タイラーは一礼した。



 罪悪感の有無にかかわらず、それからもタイラーは毎週のようにカフェを訪れることになった。

 見合いである。

 大叔母の人脈は底が知れない。同年代だけにとどまらず、卒業を控えた学生や、夫に先立たれた若き未亡人など。一体どこから見繕ってくるのかわからない女性たちと逢瀬を重ねる。

 いや、逢瀬といっていいのだろうか。学生は就職に関する話題、進路の悩み。王宮職員のタイラーはそういったことに詳しい。悩み相談といえば、未亡人らもそうだろうか。寡婦となった彼女たちの生活にかかわる保障などを説明し、感謝されることもしばしばだ。

 場所は常にカフェ「シャノワール」を使っており、半年も経つと、タイラーは来店するだけで自動的に珈琲が提供される常連になってしまった。あえて告げたことはないが、菓子を好むことも知られてしまっているのだろう。一度として同じものが並ぶことはなく、それでいてひそかに気に入った菓子があると、なぜか退店時に袋に入って手渡される。代金は決して受け取ってはくれない。「サービスです」と言われて終わりだ。

 毎週同時刻に決まって訪れ、それでいて違う女性と会っている。世間一般的にみれば不埒な男に対しても優しく接する彼女は、店員の鑑といえるだろう。

 彼女の振る舞いに敬意を抱いたタイラーは、休日以外にも店の前を通るようになり、定休日があることを知り、また夕方になるとディナータイムを取っていることも知った。小さな窓から伺う店内では彼女の姿と、もうひとり男性の姿も見かけた。彼も店の従業員だという。どうやらエレーヌは、カフェを出店するにあたっての支援者だったらしく、内情に詳しい。

 忙しい時間帯は二人で給仕に立っているのか。並んでいる姿を見た途端、なぜか店内に足を踏み入れることに躊躇ためらいを覚えた。

 食事をしようと決めたはずなのに、その計画が遂行できないのは問題だ。もっといえば休日以外に訪れるというルーチンを崩すのも、いかがなものか。




「どうしたものだろうか」

「いや、どうしたもなにも、まさかそんなことになっているとは」

「そんなこととは?」

「あのミスター・パーフェクトが、ついに女に狂ったって噂は本当だったんだな、と」

 考えあぐねたタイラーが友人に相談を持ちかけたところ、とんでもない答えが返ってきた。一体どこの噂だろうか。

 彼は王宮の別部署に勤めている、学生時代からの友人である。タイラーの愚直な性格をよく把握しており、女性に縁がなさすぎるところを心配もしていた。

「おまえがいつもと違う道を通っているって、話題になったんだ」

「そんなことが話題になるのか」

「なるだろ。同じ道を同じ時間に通り続けていた奴が、何を言ってるんだ」

「そうか」

「毎週カフェに通っているって話も出て」

 なるほど、そこで毎週違う女性と会っているところを見られ、女狂いの話題になったわけか。

 得心がいくタイラーに、友人は意外な言葉を続けた。

「カフェの店員に入れ込んでいた、と」

「は……?」

「だってそういうことなんだろ。言ったじゃないか。同僚の男が恋人なのかどうか気になって、会うのが怖いって」

 いや、違う。ただ単にどんな関係なのかが気になっただけで。

 気に、なった……?

 誰が、誰を、何故。

「べつに、いつ店に行ったっていいだろ。エレーヌ夫人が斡旋する悩み相談会のあと、居残って話してもいいわけで」

「何を話せというんだ」

「聞きたいこととか知りたいこととか、ないのか?」

 同僚だという男性との関係は。

 そもそも年齢は。

 なによりも。

「……名は、なんというのか」

「そこからか」

「知るわけがないだろう」

 大叔母の指示で十数人の女性と顔を合わせたが、ずっと変わらない顔がひとつあった。一定時間だけ、ほぼ言葉も交わさず、けれどいつも同じ空間に存在していた女性。

 週に一度では足りない。もう少しだけでいい。共にする時間が欲しい。

 曖昧で、不確かな、完璧には程遠いこの感情は――




 翌週、いつものようにカフェを訪れた。

 身の内に生まれた想いについて述べ、見合いを断ったところ、大叔母は鷹揚に頷き、やはりカフェへ向かうよう指示したのだ。


 見合い相手は、兄妹でカフェを切り盛りしている二十七歳。

 特技はお菓子作り。

 移り気なところがあり、新しいことを試してみたくなる。店に出す菓子はその日の気分で決定し、同じものを求められても困ってしまう、大雑把な性格。

 タイラーとは真逆の性質だ。


 ――だから貴方に合うと思うのよ。


 どうやら最初から、相手は彼女だったらしい。


 ――あのには、見合いの相手を向かわせると伝えています。勿論、受ける受けないは自由。誰とも告げていないわ。貴方次第よ。


 大叔母の激励を胸に、タイラーは慣れ親しんだ扉を開く。


「いらっしゃいませ、ミスター」

「今日は、エレーヌ・オーモンの紹介で参りました。私の名は、タイラー・カッセルです。貴女の名を教えていただけませんか」

 彼女は瞠目し、ほんの少しだけ沈黙する。

 やがて、はにかんだ笑みを浮かべ、頬を染め、囁くように答えた。

「サラ・メグレです」


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