第4話

 ストアーで一番仲の良いのは酒屋、天ぷら屋の夫婦だと思う。美人の奥さんは笑顔が素敵でスタイルも良く、それをちょっと太めの旦那がぞっこんな目で見詰めていて、惚れているのを隠さない。そんな微笑ましい様子を眺めているだけで気持ちが和んで、こちらも頬が緩んで笑顔になれる。いつも奥さんが前に出て笑顔を振り撒き、旦那は控え、それを見守りながら相槌を打ち、徐に自分の意見を言う。普通の夫婦とは逆だが、かかあ天下とも違う。手綱は旦那が握っているような気がするし、奥さんも旦那を尻に敷いている訳ではない。とても良い関係に見えるが、本当の所はどうなんだろう。たこ焼き屋の例もあるし、外見だけで判断するのは危険だ。きっと心理の奥では葛藤があり争いがあり、お互いの思惑の攻めぎ合いがあるのだろうが、どうやってバランスを取っているのか、秘訣を知りたいものだ。

 「お待ちどうさまー」喫茶店のキミちゃんがステンレスの丸盆にコーヒーを二つ載せて現れ、その後ろから兄がメシを済ませて帰って来た。入り口で喫茶店に寄り、注文してきたのだ。メイドのような白いエプロンをしたキミちゃんは人妻、子供もいる。だが、細くて脚が長く、バービー人形みたいなので、とても既婚者には見えない。それに、ディズニーマニアで、年間パスポートで毎週のように東京へ行くらしい。いったい、ミッキーマウスのどこが良いのかサッパリ解らないが、家計の事も考えて喫茶店で働いているようなので、旦那も文句を言えないようなのだ。一人息子も父親に懐き、子守りに不自由はないらしい。今、流行りの物わかりの良い夫は、演じているのか望んでいるのかは知らないが、本当なのだろうか。自分の仕事を二次的な物にするような事に協力できるだろうか。奥さんの趣味がディズニーなら、旦那の趣味はディズニーに行く奥さんをサポートする事なのか?旦那は公務員、定時に帰り子供を保育園に迎えに行き、子守りをしながら妻の帰りを待ち、休日には一緒にディズニーランドで遊び、文句は言わない。そんな男でなけりゃダメなんだろうか。男は、そこまで女性に奉仕しなければならないのか。男女平等どころか、結婚とは両雄並び立たずで、夫か妻かどちらかが主になり、もう片方が従になる関係なんだと解る。杉ちゃんのとこは奥さんが従になるのを拒否し、キミちゃんとこは旦那が従を受け入れた。それだけのことなのか?ワガママを通すには、通した後、どこかで補償が必要なのじゃないかと思うのだが、どこで、何を補っているのだろう。それとも、忍従しているのだろうか。


 マーケットの中で刺身を一番買ってくれるのは肉屋だ。また、肉を一番買うのは魚屋じゃないだろうか。隣の芝生じゃないけれど、どうしても肉が欲しくなり、焼肉屋にも足しげく通った。肉屋の方でも同じように刺身とか食べたくなるのだろう、帰りに二つ三つと買って帰って行く。もしかしたら肉屋の大将は日本酒党だったのかも知れない。こちらは二人ともビール党だったので、肉はベストマッチなのだ。だが、二人とも、そんなに強くはなかったので、買う量は肉屋の買う半分くらいなものだったから、金額の釣り合いを取ろうと牛ロースを買ってステーキにしてたべたのだが、それがマズイ事になった。初めは何故だか分からなかったのだが、ステーキを食べると腹を下したのだ。旨くて食べ過ぎるのが悪いのかと考えたが、どうも量の問題ではなく、質の問題なんだと気がついた。輸入牛肉が合わなかったのだ。焼が甘いのかとウェルダンにしたが、結果は同じ、味は旨いので食べたいのだが、段々と敬遠するようになり、一月に一度、買うか買わないかになり、それでも顔を見合せ押し付けるようになり、まるで罰ゲームのようになってしまった。サーロインのステーキが激辛ラーメンの扱いだ。笑うに笑えない。主人たる兄には負わせられない罰であり、こちらが食べるしかない。

 住まいは近所の二階建てのアパートの一階。2DK、端の部屋。朝は歩いてストアーまで行き、軽トラで市場へ仕入れに、帰りはそのまま歩いて戻る。時にはストアーの向かいのうどん屋に寄り、夕食を食べて帰る事もある。カツ丼やら定食も出してくれるからだ。お気に入りは鍋焼きうどん。少し深い一人用の土鍋が熱々なので、木の鍋敷きに乗せられて出てくる。出汁が湧き湯気が立ち上り、麺にも具にも味が染み渡り、どこから食べても土鍋の味がする。蓮華で汁を掬うのだが、最後は鍋を傾けても飲みたくなる程で、出汁に何か秘密があるのだろうか、詳しくは分からないが、知っても知らなくても本当はどっちでも良くて、これも食べている間の興味に過ぎず、味を云々する事ではない。でも、味を想像する事は薬味と同じような作用をするのか、例えばホタテとかイリコとかを思い浮かべればコクは増し深みも追加される想いがする。滑らかでトゲの無い汁で舌を濡らせば、途端に脳を刺激し旨さは記憶され、それが反復され、思い出す度に上書き保存される。ところが冬になり、兄嫁も出産を終え帰って来ると、夕飯をうどん屋で済ませる事も無くなり、たまに昼飯で行く位になり、足が遠退いた。生活は赤ん坊が中心になり、暮れと正月までは手伝うが、それでお役ごめんと言うことになった。実家には年老いた父母がいて、戻ればまた別の苦労が待っている。でもここでの経験は観念的な意味でなく実技の面で役に立つことばかりで、包丁捌きも焼の具合も料理に役立つだろうし、人との付き合いも、もう苦手ではなくなったし、頭を下げ頼み事も出来るだろう。知らず知らず大人になったのだ。そんな修行の場だったのだ。

          完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奮闘!マルイストアー! 1 @8163

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る