後編 甘い甘い市販の板チョコ

 人ってもしかしたら無駄な生き物なのかも。

 けど、無駄だからっていらないわけじゃない。これもきっと運命だから。

 私はそう信じて、今日も君を悪戯からかう。


 □□□


 3月14日。

 ホワイトデー。

 お返しなんて全然期待なんてしてない、わけでもなかった。苦手なお菓子作りをせっかく頑張ったから、お返しを自然と期待してた。

 でも、2/15にあんなことがあれば仕方ないのかな。


 バレンタインデーの次の日、私は少しドキドキしてた。

 大すきと伝わったかなって、少しの不安と一緒に。

 けど、彼の、


「その、バレンタインデーのチョコありがとう。美味しかった。それで、その、紙のこと、なんだけど……」


 その言葉を聞いて安心して、悪戯からかいたくなった。

 つい出来心で、悪戯からかいたくなった。いつものように。少し恥ずかしくて。


「大すきでも見つけたの? いやー、すごい偶然だよね。私もビックリしたよ。ところで、顔赤いけど大丈夫? 勘違いし──」


「そ、そんなわけないでしょ!? いやー、偶然ってすごいな」


「なるほど。きみって少し自意識過剰なんだね」


「ぐぬぬぅー……」


 そんなことがあってしまったから。

 だから、お返しがなくなっても仕方ないってそう思うことにした。だって、彼はその日休みみたいだったから。



 そう思ってたらしれっと登校してきた。しかも理由は寝坊。なんだか腹が立った。むかつく。


「ねえ」


「ん? なんだよ」


「お返し、ないの?」


「お返し? ああ、ホワイトデーか。それじゃ、放課後校舎裏に来てくれ」


 そう言われて、とりあえず納得してあげることにした。用意してくれてたのが、覚えてくれてたのが少し嬉しくて。


 放課後。

 きみは校舎裏で待っていた。


「よかった。ちゃんと来てくれて」


「私もよかったよ。きみからのとらっぷかと思って、ドキドキしちゃった」


 本当は別の意味でドキドキしてる。

 紅に染まった天井のもとに立つきみの横顔が、思ったよりかっこよくて。


「あっと、これ。お返し」


 私はクスクスと笑いながらそれを受け取る。

 市販の板チョコだったから。あーあ、少しだけ期待して、私ってバカだな。

 そんなことを思ってしまう。

 一人で期待して、舞い上がっちゃったりして。

 やっぱり、あのとき恥ずかしさを押し殺しておけばよかった、なんて思って。せっかく気づいてくれたのに。


「それじゃ、私はもう帰ろうかな。それじゃあバイバイ」


 私はそう言って、そこから離れようとした。

 今まで思ってた気持ちなんて、見ないふりをして。

 一刻でも早く、一秒でも早く、ここから逃げてしまいたかった。

 家に帰って、自室に籠もって、今我慢してるこの気持ちを全て爆発させてしまいたかった。

 けど、私は呼び止められてしまった。


「待ってくれ。もう一つ、話があって。その、俺は、お前が好きだ。お前のことが大好きだ」


 そう言われて、私は振り返ることなく、またこう言ってしまう。


「もう、私のことを悪戯からかおうたって、そうはいかないよ」


悪戯からかってなんてない。俺は、本当にお前が好きなんだ。だから、付き合ってください」


「えっ? いや、うそうそ。何言って──」


「うそじゃない。本当に本当だよ」


「でも、板チョコ……」


「俺、その、チョコはやっぱ苦手だから。それで」


「そんなの」


 そんなのズルい。一度私を裏切ってからの、本命なんて。


「それで、その、返事は?」


「聞かなくてもわかるでしょ?」


「それって──」


「ごめんなさい」


 やっぱり、私はそう言ってしまう。

 本当に伝えたいことを隠すために。逃げたくて。

 逃げて逃げて、逃げ続けてるうちに、気づいたら私は彼よりも前にいた。

 明らかに落ち込んでる彼を見ながら、私はクスクス笑う。これは仕返しなんだからなんて思いながら。


「ねぇ」


「なんだよ、今はそっと──」


 私は彼の前に立ち、少し振り向きざまにこう言った。


「付き合うんじゃなくて、婚約、ならいいよ?」


 そう言った私の頬を、一粒の雨粒がしたたり落ちた。

 きっと私の顔は逆光で真っ暗のはずだから見えてない。でも私からは、夕焼けに照らされたきみの泣き顔が、ハッキリと見えていた。



 その日、私ときみはいつものように、夕焼けの下を一緒に下校した。

 いつもと違い、きみと恋人つなぎをしながら。

 チョコよりも甘い世間話をしながら。

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