君に好きって伝えたい

アールケイ

前編 そんな苦い水いらないやい

 人に気持ちを伝えるとき、やっぱり素直に言うのが一番である。

 効率、正確性、正当性、どれをとっても、素直に言う以外の選択をする理由がない。

 けど、時にそれができないのが、それすらもできなくなってしまうのが、人間というものなのである。


 ■■■


 2月14日。

 その日、俺はなにをするわけでもなく、なにをしようとするわけでもなく、ただ教室の空気に身を任せるようにして過ごしていた。

 だって、特段面白いこととか、問題になるようなことなんて起きないから。

 人は騒ぎを起こすが、騒ぎには入らない。特に、こと日本人においては、そこに絶対の境界線、もしくは他の者が入ることのできない結界でもあるかのように傍観する。

 そうして、空気を読むふりをして、周囲に合わせるふりをして、逃げたふりをする。

 いいや、違う。逃げたふりではなく、逃げたことにする。

 けど、そんなのはちっとも逃げれてないというのに。目を逸らしただけで、何一つ変わらないというのに。

 それでも、人は逃げたことにして、自分を納得させて、忘れる。

 だから俺も、日常というなんら変わることのない日々に身を任せていた。いつも通りに。

 たとえ今日が、バレンタインデーだと知っていても。


「なーに、黄昏ちゃってんの? もうすぐ授業始まるよ」


 教室の、それも隣の席に座る彼女にそう言われて、思わず時計をみた。

 もうすぐどころか、十分も前。

 まだまだ時間はある。


「もー、そんな顔しないのー。そうだ。今日はバレンタインデーだったよね? チョコ、ちょこっとあげよっか?」


「寒っ。そういうのはいらない」


「チョコがいらないの? それともダジャレがいらないの?」


「どっちも」


 ぶっきら棒にそう答えた。

 チョコ。

 チョコはあまり好きではない。甘いのも苦いのも苦手で、市販のもので美味しいと思ったことがない。


「あーあ、せっかくのチャンスだったのに残念。もしかしたら、君がチョコをもらえるのは、人生でこれが最初で最後だったのかもだからね」


「はいはい。いいよそんなもの。俺、チョコはあまり好きじゃないし」


「……そうなの?」


 なんだか様子が一変した隣の席の彼女に、頭の中に「?」ができるも、無視することにする。

 だってきっと、それが正しい答えだから。


「そうそう。市販のチョコは、甘すぎたり苦すぎたりで、なかなか好きなのに巡り合わなくてさ。だから、食べなくなった」


「へぇ、そうなんだ。よかった。チョコがあまり好きじゃないってのがそういうことで」


「……?」


 それから彼女は一泊間を開けて、こう言った。


「ほんとにチョコ、いらない?」


 だから俺は、空気に身を任せず、バレンタインというこの日に皮肉を込めるようにこう言った。


「そんな苦い水いらないやい」


「そっ、か。それじゃ、もしそれが、私からの本命チョコだったら…………もらってくれる?」


 俺の皮肉は思わぬ刃で削ぎ落とされ、彼女の上目遣いも相まった結果、本当にゼロ距離で心臓を鷲掴みにされたように、鳩が豆鉄砲を食ったように、俺はときめいていた。ときめいてしまっていた。

 そんな彼女をかわいいと思ってしまっていた。

 まだ、もしとしか言われてないのに。


「この反応は、もらってくれるってことでいいのかな? とりあえず、沈黙は肯定と受け取っておくね」


 それから、彼女は少しの間、カバンをガサゴソとしてから、一つ小箱を取ると、


「はい、これ。私からの本命チョコ」


 俺は差し出されたそれを受け取る。

 そして、中を確認すると、そこには『本命』という文字の書かれたチョコと、一枚の紙切れが入っていた。

 そして、紙切れにはこう書かれていた。


 きみなら気づいたかな? もちろん義理チョコだよ

 すこしからかってごめんね でもチョコを作るのは

 大変でした


 そこで、俺は気づいた。『本命』の文字が書かれたチョコの理由に。

 そして、彼女のクスクスと笑う姿には、少しイラッとした。

 それから、チョコレートは甘くも苦くもない、丁度良い案配の味だった。俺好みの。



 それから、学校の授業も終わり、家に帰ったあと、俺はそれに気づいた。

 チョコに入ってた紙切れを、乱雑に机の上に置いといたのが功を奏した。

 だって、俺はこんな文章、いや、言葉を見つけてしまったから。


 大すき

 変こみ

 でしな

 しから

 たら気


 紙切れを回転させ、文章の最初を横に読むと大すきになることに。

 その日の夜、二人はベッドの中で悶絶した。

 一人は、大すきの意図が気になって。

 もう一人は、大すきの意図が伝わったか気になって。

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