第二章 196×年、仙台。祖父の記憶。

第1話 清彦の街

 見慣れた街……大通り、商店街、店の看板、路面電車、行き交う学生の制服。

 何もかもが見慣れている。

 見慣れすぎていて普段はいちいち気にも留めないが、今こうして清彦が足を止めたのは、隣にいた雄一がこう言ったからだ。


「なぁ、あれ見てけれ。何建てようとしてんだべ?」

 雄一の視線の方向を見てみると、駅前の中央商店街を沿うように、何やら柱のようなものが等間隔で何本も建てられている。

「あぁ、アーケードだよ」

「アーケード? そりゃ何だ?」

「通りにああやって柱を立てて、そこに屋根をがばっとかぶせるだろ。そうすれば、雨でも傘を差さずに買い物ができるし、商品の日焼けも防げるんだ」

「なるほどなぁ。ほだものがあんのけ」

「最近、流行ってるんだってさ。最初は東京を中心に、今はこうして宮城まで」

「オラほの村にはあっただものねぇど」

「だろうな」

「悪かったな、田舎でよ」

 そう言って二人はクスクス笑った。


 雄一の地元は岩手の奥羽山脈のふもとの農村だ。

 バスは一日に二本。冬には冗談でも何でもなく、豪雪で交通機関が閉ざされてしまうらしい。

 そんな田舎から大学に進学するために、雄一は今年の春に仙台に出てきて、今は学生街の一角で下宿をしている。きっと村一番の出世株に違いない。


「アーケードだけじゃなくてさ。ほら、あれ」

 今度は清彦が公園の方を指差した。

 公園の一番奥に、白い塔が煙突のように生え出た三階建ての市庁舎が見える。


「市役所も新しくなるらしいよ。ほら、市役所の隣でブルドーザーが地ならししてるだろ。あそこに新しい庁舎ができるんだ。今の古い庁舎は取り壊すんだって」

「たまげたなぁ。なんだりかんだり新すぐなってくなぁ。景気のイイ話だっぺ」

「一昨年には広瀬川にでっかい橋が完成したし、あっちこっちに県営住宅もできたし」

「清彦、物知りだなぁ」

「そりゃあ、十八年もいれば詳しくなるよ」

 そう言って清彦はため息をついた。

 だらだらと歩いているうちに駅まで着いた。


「じゃあ、俺電車だから」

「おう。せばよ、明日の一限でなぁ!」

 雄一は中学生みたいな笑顔で片手を挙げると、商店街の方へと歩いて行った。


 清彦はジーンズのポケットから定期券を出して改札を通り、ホームのベンチに腰掛けた。

 そして、もう一度深いため息をついた。


 清彦の地元は、正確に言えば仙台ではない。

 仙台の隣のベッドタウンである。

 そして清彦の実家は、そのベッドタウンの駅からさらにバスで四十分ほど行ったところにある、牧場だ。

 それも肉牛、乳牛、鶏、馬を飼育している、宮城県下有数の巨大な敷地面積を誇る牧場である。

 さっきはいかにも“仙台っ子”を気取ってみせたが、清彦の家だって、程度の差こそあれ「山のふもとにある田舎」なのだ。


「東京に行きたいなぁ……」

 ベンチにだらしなく身を預けたまま、思わず情けない声が漏れてしまった。

 言い終わってからハッと我に返って姿勢をただし、きょろきょろと周りを見渡した。

 が、誰も清彦のことなんて見ていなかった。清彦は胸を撫で下ろした。

 ベルの音が聞こえた。電車が来る。

 清彦は立ち上がった。

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