第6話



 放課後。甘井とともに草むしりをある程度した後、部室に入って話を聞くことにした。甘井は水筒から紙コップに黄金色の液体を注ぐ。


「雑草、冬でも結構生えてる」


お母さんお手製のハーブティーだったか。何回か口にしているが、独特の風味は人によって好き嫌いが分かれるだろう。俺は匂いを嗅いだ後、一口飲んだ。


 部室は肥料や土の入った袋が積まれていて、新品の如雨露、スコップや使い古しの手袋、野菜の種やポットなど様々なものが置いてある。土臭いので窓を開けて換気しつつ、温かいハーブティーを啜る。


「確かにあれはゴキブリに通ずるものがある。何だっけ、一匹見たら十匹いるみたいな」


俺がゴキブリと口にすると甘井は顔を顰めた。ミミズは土を耕す益虫だとか言ってるのに、やはりゴキブリはダメなのだろうか。


「ゴキブリ嫌い」


「天井って、虫駄目だっけ?」


「大体の虫は大丈夫。来世生まれ変わるとしても、ゴキブリだけにはなりたくない」


俺だってあなたの来世はゴキブリですよ、なんて言われたら人生を不老不死の研究に費やすかも。しかし、ゴキブリになったって、前世が人間だったことは覚えてないだろうな。


「あ、甘井って今日何時帰り?」


「いつも通り。大体6時には帰る。お菓子あるけどいる?」


甘井がリュックからチョコレートを取り出した。個包装の透明なフィルムが、ミルクチョコレートを包んでいる。


「今日の朝、冬川顔色酷かった。どうしたの?」


「あー、笑わないんでほしいんだけど、痴漢に遭って」


「それは大変」


「もうホント最悪だった」


「警察に行った方がいい」


「いや、そこまで何されたってわけじゃなかったんだけど」


「そろそろ髪切ったら? 女子っぽいし、間違われたのかも」


「……だよね」


「最近痴漢多いらしい。四組の子でお尻触られたって子がいた。冬川の場合は痴漢冤罪も気を付ける」


痴漢冤罪か。今となってはあの痴漢は俺が男と分かってて尻を揉んできたのではないかと思う。男に痴漢するわけないだろ、という言い訳が通じるし。


「そんなことしないよ」


「冬川。相談事」


甘井が真剣な目をこちらに向けた。


「あ、朝言ってたヤツ。何?」


「好きな異性のタイプを教えてほしい。……私の友達に頼まれた」


少し間をおいてのパワーワード。俺は好きなタイプを異性に聞く、というだけでもある程度あなたに気がありますよというアピールだと思っている。それに直接ではなく間接的に聞くということは。


「その友達、俺のこと好きなの?」


何という自意識過剰発言。だが、甘井が否定しないどころか、コクリと頷いた。甘井の口から好きな異性のタイプを教えてほしい、の一言が聞けるとは。なんか少しドキドキする。


甘井は緊張しているようだった。視線を下に向けてもじもじしている。何なら心なしか頬が赤い。


しかし、会話のノリで好きなタイプってどんなの? と聞くことはできたのだから、わざわざ俺のことが気になっている友達がいるなどという必要があるのだろうか。


「……さすがに名前までは教えられない」


俺は甘井の交友関係はよく知らない。しかし甘井が名前を教えてくれるなら、確認することも可能だろう。雫に彼女を作る気はないと言ったが、なんだか嘘ついたみたいだ。


「私は、そもそも告白をしないと始まらないと思っている。勿論、承諾の可能性を上げるために努力するのはいいことだが。私としては、彼女を作る気があるか、ということも聞きたい。それに好きなタイプというより、付き合ってもいいと思える基準が知りたい」


「俺としては名前を教えてほしいけど。好きなタイプなんて人をカテゴリー分けするものでしょ。その中に入っている人だって合わない人もいるだろうし」


「……じゃあ、駄目なところを教えてほしい。付き合わない要因となるものを」


「ええ……そうだな。めんどくさい子かな。中学校の時付き合ってた子がさ、メンヘラっぽくてめんどくさかった」


「なるほど」


「こっちはもう寝たいって言ってんのにメッセージ送ってくるし、たまには一人でいたいときもあるのに、構ってくるし。別れるのに苦労した」


「あとは?」


「やっぱり嘘つかれるのは人として信用できなくなるよね」


途端に甘井が、うっと声を上げた。視線が泳ぎ、何というか怯えているように見える。


「その嘘というのは……、嘘というのは種類があるじゃないか? 必要な嘘というのも中にはあると思うが」


「ま、誰にも迷惑をかけないなら嘘つきでもいいんだけど」


甘井は考え込んでいるようだ。


「で? その友達ってどんな子なの?」


甘井は眉を寄せた。むむ、と唸り声すらあげている。


「いや、あのな……」


「あ、もしかして俺をからかってたの? うわぁー、人が悪い」


ものすごく自意識過剰なことを言った気がする。だが、甘井は背中を縮こまらせている。


「いや、えっと、その……友達じゃなくて」


甘井の顔が真っ赤だ。いつもより声が上ずっている。


「わ、私が冬川のこと好きなんだ」


「え?」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤いツツジの花が咲く @light1711

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ