第61話 エピローグ/どこかの海商都市での話

 ーー大陸西部に位置する島国、その海商都市ソラリティカにて。


 港を臨む市街地では港祭りが行われ、街のあちこちに花飾りが飾られ、広場では屋台が軒を連ねている。

 外国人の商売も認めているこの広場で、最近人気を博している屋台があった。


 それは食べれば元気になる、美味しい「お好み焼き」のお店で。

 異国から来た若い夫婦が営むその屋台は、ランチタイムの間だけ営業する小規模なものだったけれど、開店以来連日大人気で、クチコミがクチコミを呼び街のちょっとした話題になっていた。


 珍しいのはその店主夫婦、その幼妻の調理方法だった。

 どんな魔法か手品か知れないが、彼女の頭には不思議な形をした輪が乗っている。彼女がキッチンでボウルの上に手をかざすと、輪がキラキラと輝き、彼女の手からは小麦粉が出てくるのだ。

 そのパフォーマンスもまた、屋台の人気の秘密でもある。


「随分と人気みてぇだな、あの屋台は」


 広場を所有する街の若き商人が、妻を伴いベンチに座ってその盛況を眺めていた。街でどんな商売が受けているのかを見るのも、彼の仕事の一つだ。サボって新妻とデートしているわけでは決してない。


「美味しいらしいですね。メイドたちも何人か、あそこでいただいて美味しかったと話していました」

「評判もいいし街の宣伝にもいいしな。実は店舗(テナント)貸してやろうかと話をしたんだが、」

「あらまあ」

「旅の途中だから、次の東方諸島行きの船便が出るまででいいんだと」

「それは寂しいですね。……けれど旅人との出会いは、そのようなものかもしれませんね」


 商人は夫婦を見て目を眇める。

 小柄で若い幼妻の方がテキパキと元気に愛想を振りまいて、長い黒髪が珍しい夫の方は落ち着いた物腰ながら、妻に変な輩が絡まないように、さりげなく周囲に圧を飛ばしている。

 遠目から見ても似合いの夫婦だった。


「広場を貸すときに書類で確かめたんだが、あいつら大陸の方ーー竜繭半島から北上して、船でこっちに来たんだとさ」

「それはなんと……長い旅ですね……」

「竜繭半島といやあ、あれだな、遣り手の女社長が土地神の竜の見学ツアーで儲けてるとかいう話を最近聞くな」


 竜繭半島では数年前から、土地神の黒竜が空を不定期に飛び回り、竜を追いかける信者の巡礼ツアーが盛んという。国の名前はたしかーールシディア王国という名前だったか。竜繭半島の土地神竜の名ばかり有名で、国名がパッと出てこなかったが。


「空を巡る竜、それに合わせ宿泊地を押さえて観光……ねえ。竜がどこに出てくるのか分かってねえとやれない商売だが、なかなかに儲かりそうだな」


 夫の言葉に、妻は黒髪を揺らしてくすりと笑う。


「この街には竜はいませんので、無理ですよ」

「わかってるって」

「竜を捕まえてきてもいけませんよ?」

「しねーよ。ったく、あんたの中で、俺はどんな奴なんだ」

「仕入れられないものはない、大商人だと思っております」

「……口が上手くなったな、あんたも」


 片眉をあげ、商人は笑う。耳の端を染めた彼は改めてーー元気に営業する異国の夫婦を見やった。

 夫婦は忙しそうでありながら、とても楽しそうに働いている。仲睦まじい様子は、見ているこちらも幸せになりそうだ。

 

「『聖女食堂』ね。……どうか二人の未来に、幸い在らんことを願おうか」


 広い空に風が吹く。

 食堂から幼妻の叫び声が聞こえた。


「あーッ!! ねこちゃん!! そのお魚!! 持っていかないでー!!!」

「ヒ、ヒイロ殿、ねこちゃんは仕方ない!! 港町の宿命でござるよ!!!」


 大慌てする夫婦の様子に、人々はどっと笑う。


 ーー東方諸島行きの船が港に停泊するまで、あと一ヶ月。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コナモノ聖女はお忍び魔王のお気に入り~追放された聖女の食堂には、今日も溺愛の魔王と忍者がやってくる(ただし、交代で) まえばる蒔乃 @sankawan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ