【第三風 隣の席】

 全校集会も無事? 終わって、余った時間は自習になった。後期は特にイベントごともなく、勉強の毎日。高校二年生から頑張る人、進路が決まっていない人、推薦すいせんで行く人。人それぞれの進路がある。

 私のクラス、二年七組は理系クラス。大体の人は国公立を目指している。私はただ化学が得意だったから理系を選んだだけで、特に目標なんてない。流れに身を任せるだけ。

——進路かぁ。どうしようかな。

“ガタン”

 隣で物音がした。隣の席は風切くん。全校集会を切り上げた生徒会長。床を見てみるとノートが落ちていた。隣といってもあまりしゃべったことないし、ちょっと緊張する。拾うかどうか一瞬悩んだけど、落としたことに気づいてない様子だった。

「あの……これ落としたよ」

「あ、ありがとう」

 爽やかな笑顔と暑苦しいウインドブレーカーは健在だった。参考書みたいな本を広げてマーカーを引いていた。風切くんは国公立志望なのかなと、ちょっぴり納得してしまう。

 せっかくだしお話でもしてみようかな。ウインドブレーカーも気になるし。

「か、風切くんはどこの大学行くの?」

「大学? あぁ、自分は大学行かないよ」

 そういって参考書を見せてきた。

“フードマイスター対策本”

「な、なにそれ……?」

 丁寧に付箋ふせんとがつけられたその表紙にそう書いてあった。なんとなく単語から意味を察することができるけど、進路先はわからなかった。

 風切くんは頭いいってうわさに聞いてたし、生徒会長だし、なんなら柔道部部長だし。推薦とかで上位の大学に行けそうな気がする。

 頭を傾げていると、さっき落としたノートを差し出してきた。適当にページを開くと、そこにはびっしりと文字が書かれていた。

「簡単に言うと食材についての正しい知識を身につけて、地元を盛り上げようってやつなんだ。まあこの資格があるからどうだって話だけど、今できることはやっておきたくて」

「えっと……じゃあ将来の夢って?」

「調理師だよ。地元の食材を使ったカフェを開きたいんだ。だから専門学校に行く予定」

 よくよくノートを見てみると、食材の保存方法や調理法などが書かれていた。見やすいとまではいかないけど、大事なところは赤や青のペンを使っていた。

 うちの学校はいわゆる進学校。先生方はことあるごとに「国公立行け! 会社の面接で有利になる!!」って洗脳せんのうしてくる。別に国公立が悪いわけじゃない。むしろ私立より学費が安いし、講義の内容もいい場合がある。

 でも納得はいかない。企業に勤めたことのない先生が「面接で有利!」とか言っても、まったく説得力がない。それに頭ごなしに言われ続けたら、行きたくても行く気力をなくす。

——まあ結局、国立受けるんだろうけど。

 だから気になった。なんで風切くんが大学じゃなく、専門学校に行くのか。

「昔からなりたかったの?」

「いや全然。先週見たアニメがカフェのやつだったんだよ。それで面白そうってなって決めた」

「え、アニメ? ていうか先週!?」

 その動機と行動力に度肝を抜かれた。そもそも、風切くんがアニメを見ることに驚きだった。普段から真面目で、携帯をいじっているのもあまり見たことない。なんならN◯Kとか見てそうなイメージだった。ニュースとか見て「やっぱ参議院か」とか呟いてそうなのに。

 アニメにかれてそれを目指す。これだけ聞くと厨二病ちゅうにびょうにも思える。

「で、でも大学とかいいの? 風切くんなら国公立とか行けそうなのに」

 率直な疑問をぶつけた。すると、人差し指を立てて鼻にあてた。しばらく考えるそぶりをして口を開く。

「確かにそうだね。自分が調理師目指そうとしたきっかけなんてアニメだし、そんな深く考えてない。でもやってみたいって思ったのも事実なんだ。だから……」


「わからないなら、後悔しないほうを選びたい」


 にこやかな笑顔とともに風が吹く。言の葉が舞ってひらりと手のひらに落ちた。私からは絶対に出ない言葉。ありふれた言葉だけど、説得力が違う。それを体現しているのはまさに彼だ。

 生徒会長と柔道部部長を兼任しているのも、そういった理由なのかもしれない。

——さすがだなぁ。

 人なみの感想しか出てこない。でも心の中に彼の言葉が残っている。いつか自分にやりたいことが見つかったら、きっと思い出すと思う。そして彼の存在が背中を押してくれる。

「頑張ってね」

「うん、ありがとう」

 こういう気持ちって尊敬っていうのかな。同級生に尊敬ってちょっと重たい気がするけど。そう思った瞬間、顔が赤くなる。風切くんの笑顔もあいまって、口が歪む。

「そ、そういえば! 今日の集会、途中で終わらせるなんてすごいね。さすが生徒会長」

「あーそれね……」


「しゃべること思いつかなかったから終わらせた」


 さっきまでの感動はどこか飛んでいった。衝撃告白をよくもまあサラッと言ってくれる。そこに悪気がないのがまた複雑。いったい彼はなにを考えているのか。それを理解するのはまだ先になりそう。

——ほんと、破天荒っていうかなんていうか。

 窓から秋風が入ってウインドブレーカーを揺らす。この景色をあと何回見れるのか。ちょっとだけ楽しみだな。

“ピーンポーンパーンポーン、二年七組風切蓮、至急校長室まで”

「え、まさか……今日の集会のこととか……」

「大丈夫大丈夫怒られない怒られない……」

「めっちゃ動揺してるっ!!」

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風切くんはいつもウインドブレーカー 雨夜さくら @amayasakura

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