【第二風 全校集会】

「えー、ということで、後期になりましたが……」

 体育館に全校生徒が集まる。例にれず、校長先生が長々ながながと話をしている。聞いているのは何人くらいだろう。別に授業はしたくない。けどつまらない話を延々と聞かされるのも嫌だ。

 隣近所で喋っている人、寝そうな人、隠れて携帯をいじる人。ここから見える景色はいつもそんな感じ。ピシッと背筋を伸ばして真面目に聞いている人はいない。携帯はさすがにいじらないけど、ちょっと眠たくなってきた。

「ありがとうございました。続いて、生徒会長からの挨拶です。生徒会長の風切くんお願いします」

 校長の次は生徒会長。これが終わっても、生徒指導部長の話とか校歌こうか斉唱せいしょうとかたくさんある。まだ半分も終わってない。正直いってちょっときつい。いや、だいぶつらい。

 体育館のそでから風切くんが歩いてくる。タットタットと軽く音を鳴らしながら、ステージ中央にやってくる。相変わらずウインドブレーカーを羽織っていた。ひらひらとなびかせて、まるで王子様ように爽やかな風をまとっていた。

 教壇きょうだんに立てられたマイクの位置を調整して一礼する。それに合わせて私たちもペコリと頭を下げる。

「……」

——え、なんで何も話さないの?

 教壇の前に立って、マイクの電源を入れて、一礼もした。それなのに、ひと言も発しないでただじっと私たちを見つめていた。体育館は異様いような静けさに包まれた。ちらほら「え、」「どうしたんだろう」「なしたなした」と不審ふしんがる人が出てきた。

——もしかして、緊張で話す内容忘れたのかな。

 ざわつきが大きくなってきた。さっきまで眠たそうにしていた人ですらぱっちり目を開けて事態を把握はあくする。どういうことなんだろう。先生方の方を見ても反応は同じ。バインダーで口元を隠すようにして隣の先生と話している。

“ザザッ”

 ウインドブレーカーが擦れる音がスピーカーから流れる。その音で全員が静まり返った。よく見てみると携帯を取り出していた。私たちの学校は携帯の持ち込みが許されている。もちろん授業中は使っちゃいけない。全校集会中は……だめだよね??

 風切くんは携帯をマイクに近づけた。

——な、なにが起こるの……。


“キーンコーンカーンコーン”


 マイクを通して流れたのは学校のチャイムだった。前半のキンコンカンコン、そして後半のキンコンカンコン。私たちはただただ唖然あぜんとして口をぽかんと開けていた。

“ザザッ”

 携帯を制服のポケットにしまって風切くんが一歩前に出た。「あ、あ」とマイクとの距離を確認する。そして高い位置から私たちを眺める。

「みなさんお疲れ気味なんで、集会終わりましょう」

 え、

 え……?

「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」」

 爆音で響き渡る歓喜と奇声きせい。飛んで跳ねる人、キャッキャと手を合わせる人、どさくさにまぎれてさわぐ人。教師陣も予期してなかったみたいで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。私も私で、先生方には申し訳ないけど、ほっとしている。

「マジよかったね! うちもう寝る寸前だったよ」

「よかったけど……てまり、自分の列に戻らないと怒られちゃうよ」

「いいのいいの。周りも騒いでるし。まったく真面目ちゃんだねぇ楓は」

 確かに……。学校祭のときみたいにわちゃわちゃしてる。担任も手がつけられない状況。そんなに嬉しかったのかな……。全校集会だよ? 普通の全校集会だよ??

 ひと握りの不安を抱えていると、風切くんが「それじゃあ……」と声を出した。その透き通った声に全員が耳を傾ける。

「残り時間は教室で自由時間にします。担任の先生方、必要な連絡事項よろしくお願いします。校歌は……」

 人差し指をあごのあたりに当てて考えてる。なにかひらめいたように眉毛を上げる。その人差し指を口の前に持ってきて……。


「心の中で歌ってください」


 爽やかな風が空気を変えた。先生でも手がつけられなかったのに、たったそのひと言で場を切り替える。静かにしてっと言わずに、ただ優しく、言葉以上の言葉を伝えた。

——これが……風切くん。

 その姿はかっこいいという言葉では表したくなかった。もっと威厳があって、もっと温柔な形容詞はないのかな。目頭が微かに熱くなった、これを表現する単語はないのかな。

「じゃあ、三年八組と一年一組から教室に戻ってください」

 引き続き、私たちを先導する風切くん。そこで頭にある単語が浮かんだ。ちょっと厨二病っぽいけど、これが一番しっくりくる。

 あの爽やかさ、場の雰囲気を変える彼はやっぱり……。

「ウインドブレーカーだ」

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