【第一風 風切くん】

 私は神崎かんざきかえで陽熱ひあつ高校に通う普通の高校二年生。学校に行って、勉強して、部活をして帰る。そんな日常を繰り返している。

 今日もいつもと同じように、地下鉄を降りて学校に向かう。小さな公園、駐車場の広いコンビニ、学生に人気のパン屋。今日も変わったところはない。

「おっはよ楓!」

 ぽんっと肩を叩かれた。振り向くと、元気いっぱいに笑顔を咲かせているショートヘアの友達がいた。

「おはよう、今日も元気だね」

「にしし、朝ごはんちゃんと食べたからかな」

 彼女は桜木さくらぎてまり、一年生のときから同じクラスで、二年生になった今でも仲がいい。ハンドボール部に所属していて、運動うんどう神経しんけい抜群ばつぐんのスポーツ女子。

——今日は朝練あされんないんだね。

 ふたり足並みを揃えて、学校に向かう。


「おはようー」

「先生、おはようございまーす」

 校門に生徒せいと指導しどうぶぶの先生が立っていた。ジャージ姿で首から笛をぶら下げている。まさに、ザ・体育教師。

 これも日常、見慣れた光景でしかない。今日も先生いるねという感想すら持たない。

「おはようございます」

 先生の隣にもうひとり立っていた。学ランのホックまできちんと閉めて、生徒ひとりずつ丁寧に挨拶をしている。

 これもいつもの光景……なにも変わらない……。

「あ、おはようございます」


——いや、ウインドブレーカー!!!!


 「あ、」じゃないのよ。なんで学ランの上からウインドブレーカー着てるの。いつもの光景だけど慣れないのよ。ものすごくさわやかな笑顔してるけど、首から下は暑そうなのよ!

 え、なんで着てるの? てか、なんでみんなスルーしてるの?? 私がおかしいの???

 彼の名前は風切かざぎりれん、私と同じクラスで、だれとでもにこやかに話している。そしてこの学校の生徒会長でもある。

 四月から半年経った今まで、見かけた彼はいつもウインドブレーカーを着ていた。どんなときでも、なにをしてても、ずっと、ずーっと学ランにウインドブレーカーを羽織はおっていた。

 彼の半袖はんそで姿どころか、夏服すら見たことがない。クラスで浮いているの騒ぎじゃない。ここまでくると、ある意味、彼に興味が湧いてくる。

 でもだれも話題に上げない。私の価値観が間違っているのかなと思うときもある。

「ねぇてまり、ちょっと聞いていい?」

「ん? どした?」

「風切くんのウインドブレーカー、気にならないの?」

「それ! 思ってたわ」

 よかった。てまりも同じこと考えていたのね。別に普通の疑問だったのに、なぜか謎の安心感を得る。

「あのウインドブレーカーどこで買ったんだろう。軽そうだよね!」


“トトンッ”


 手から溢れた上靴がすのこの上に落ちる。右手は上靴を持っていた形跡を残して固まった。

「そういうことじゃない……」

 こうして、高校二年生の後期が始まるのだった。このときはだれも知らなかった。日常が非日常だってことを。

 

「風切くんは明日もウインドブレーカーなのかな」

 

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