第101話:破蕾の遺すもの
『血から血へ、道を開く。そこへ私が在るように、神力を置く』
神へ祈るための言葉。腹を撫で、内にある異物の感触をたしかめる。
大雨の時の土のうに似ていた。そう、
『お母様の。
いったいどれだけの人間を喰らってきたか。
まだまだ未熟者の自分が、どんな感想をも挟めない。と考えるのに、涙が溢れた。
(お疲れさまでした)
心の底から湧き出る言葉を念じるくらいは許してほしい。決して声に出さぬよう、密かに胸へ浮かべた。
「
手にした祝符を発動させる。
中で誰か、手足を突っ張っているのでは。などと思えるくらいにはちきれそうな腹が、すっと軽くなった。
どうやら腹を割く必要はないらしい。どころか、吐き気に類するものもなかった。
胃の奥から、喉を僅かに押し広げ、温かな何かがこみ上げる。
芳しい桃の香をした、黄金の吐息が目の前に広がる。
「——
金色の靄が砂山を覆う。表面から、雪の融けるように嵩を減らす。
ゆったりと進む光景を眺めていると、
「うん、何ともないわ」
「良かった」
案じてくれる彼の手に、自分の手を重ねた。平気だと伝えると、
暖かい。これ以上、何を言えばいいか分からず、腕に頬を預ける。するとほんの少し、彼の腕に力が増した。
「人の形に……」
間もなく、
単純に良かったとも言えまい。しかし今日から改めて弔うことで、ずっと空きっぱなしだった穴も埋まるだろう。
と、心を弛めたのは早計だった。
「誰なの」
「母さんじゃない」
造形を細かくしていく砂の彫刻は、明らかに大きかった。
垣間見た
また肉付きも到底、女ではなくなった。むしろ
「まさか——」
肌の色の濃い、禿げ頭。漬物石に似た丸い顔。ただ眠っているだけに見える顔を、他の誰かと間違うことはない。
「
九割九分、驚きの色で
「
先に死んでしまったことをうまく言っておいてくれと、
どんな言葉にするか考える必要はなくなったが、弟まで見送る羽目になるとは思わなかった。
(弔えるだけ、良かったと言うべきなんでしょうね)
望むべくもないことだったが、代わりにとなると意味が違ってくる。
「
「もちろんよ」
何もしてやれないが、寄り添うくらいはしてやろう。長年の友だった彼のほうが、きっと自分よりも悲しいはずだ。
両膝を突く
「
「
既に死んだ者へ、どんな神通力も意味を成さない。そうと知った上で気休めと言うなら、それはそれで意義のあること。
だが彼は、衰弱していると言った。
それはどうも話がおかしい。辻褄の合う返答は、一つしか思いつかない。
「生きてるの——?」
「ああ、死にそうなんだ。傷は見当たらないけど、このままじゃ危ないだろ?」
目の前で起きている事実に、理解が追いつかない。けれども触れてみると、たしかに弱々しい息をしていた。
「ええ。でも
「どうにかならないか」
「ええと……」
だがまったく知らぬものは真似のしようもなく、どうしようもなかった。
「
「お母様!」
また
「あなたの念珠も勝手に使ってしまったわ。でも大丈夫。私の夫と息子は、人ひとりを外へ連れ出すくらい慣れたもの。この若者も、それに耐えるくらい強い人よ」
言われて、己の胸を見下ろす。そこに大念珠は変わらずあった。しかし触れると、蒸気のごとく散って消えた。
「わ、分かりました」
何がどうなったかは分からない。けれどもこれからどうすべきかは明白だ。
「お母様が、自分より
「母さんが?」
彼に
(私なら、どういうことよって詰め寄るかも)
案じる
「分かった、帰ろう」
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