第99話:終わりの時は敢えなく
「母さん……」
季節外れの雪山へ、おもむろに
探るように動かし、ため息を一つ。抜いた手に握られるものは何もなかった。
「やってくれる。人形を壊し、あとにお前の母が残ると思ったか。短慮の報いは、人の滅びのみよ」
ちろちろと舌の出入りする口で喋ってはいまい。だがやはり、蛇の方向から聞こえるようになんとなく思う。
「仕方ないさ、そりゃあ連れて帰りたいと思ったけど。どんなに願っても、どんなに頑張っても、叶うことのほうが少ない——って、あんたの迷宮で教わったんだ」
ゆっくりと立った
「それが本心であろうが虚勢であろうが、知ったところでない。やがてこの迷宮も潰える。我は釜焚きに戻るのみ、近しく用済みとなる釜のな」
熱さも冷たさも感じさせぬ声。それは最初から変わらないし、
人間という花壇が全滅したとて、神にとっては次への経験値に過ぎない。
全滅する人間の側としては、見過ごす選択はなかった。
回避する方法はないものか。例えば
いやもちろん、それはできない。人間として
だから他に、何かあるはず。人間の自分には無理でも、神々には可能なはずだ。さらには
決別した神へ無限の期待を抱く己に、
「
これが最後の機会。緊張に震え、呼ぶ。
すると親しく
さあ何から言おう。声を発する瞬間まで、話す順番を悩み続けた。
しかしまずは
「お話を……」
見つめ合ったまま、蛇の形が崩れる。人形と同じく砂と化し、雪山に溶岩が流れたかの模様を作った。
「えっ」
一瞬のこと。何が起きたか、何を意味するか、理解が追いつかない。
咄嗟に伸ばした手は、引き留めようとしたのだろうか。虚しく宙を引っ掻き、地面に落ちる。
「
何度呼びかけても、返答は聞こえてこなかった。辺りを押し潰すような感覚も消え、神の去ったことを肌で知る。
「そんな、無責任よ……」
人形が屠られ、迷宮もなくなると。ゆえにこの場所へ、この人間たちに関わる理由もなくなった。
たしかにそんなことを言ってはいたが、始めたことの結末を放り出していくのか。責めたところで、もう聞く神は居ない。
「さあて、いったい何がどうなってるんだい? こっちの手が離せないのをいいことに、あれこれ気になることをさ」
うなだれた後頭へ、疲れた
そうだ。雪崩式に巻き込んだ彼らに、話さぬという不義理はない。
「どこから話せばいいか……」
どこまで伝えていいやら迷う
迷宮が生まれた日のこと。連れ戻そうと迷宮へ潜り続けた日々のこと。
本来は冥土へ送られねばならない屍の徳を、彼が負ってしまっていることも。
「たいそうな話だねえ」
言葉とうらはら、
「何だ。あんたなら、お前が死ねば済む話とでも言うと思ったのに」
「言ってほしいなら幾らでも言うよ。実際、そうだとも思うしねえ。でもまあ、お前が嫌だってのを無理やりにさすほどじゃない」
「それがどうしてさ」
「さあてね」
曖昧にごまかし、
「
妻と息子も、特に何を言うでない。「あいよ」「分かった」と、いつも通りに応じる。
「武術指南役じゃなかったのか」
じゃあなとも告げず、
「気が変わったんだよ。お前たちの居ないところへ居たほうが儲かるし、楽だろうってね」
「そうか」
どういう意味か、
「
「オレは負けてないからな。また勝負に来るからな」
「ああ、待ってる」
たったそれだけで、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます