第97話:見えぬ先行き
牙がなく、すぐに死んでしまいそうと思った。だから赤い蛇を拾い、共に歩いた。
むしろ見せびらかすように、折れた牙を打ち鳴らす。だから
そんな相手が噛み砕かれる様を直視する勇気がない。
しかし薄く開いた瞼の隙間から覗く。見届ける責任があると思った。
人形が腰をひねり、躱したのだ。背後からの襲撃を。
「
着地した赤犬が、庇うように立った。代わりに
もう震えは止まった。が、遠ざかる背中を目で追うのは堪えられない。
彼は人形の脚に組み付こうとした。やはり難なく躱され、反対の脚に蹴り飛ばされる。
二回、三回と転がっていくのは、追撃を恐れたのだろう。人形の両腕が利かぬために、それはなかったけれども。
七、八歩先まで行って、ようやく起き上がった。
上の着物が裂け、あちこち絡んでいる。さすがに邪魔のようで、引き千切って投げ捨てた。
「後ろだぁ」
やたら大きな間延びした声。
と、立ったばかりの
たった今まで彼の居た地面へ、長く白い槍が突き刺さった。
いや、人形の腕だ。先ほど
その腕に錘が叩き込まれ、目にも粉々に砕けるのが見えた。巨体を仰け反らせ、ばねを最大限に利かせた殴打が繰り返される。
「
また別の声。今度は
見たことも聞いたこともない、淡い碧の術。用いるのはもちろん
半ば抱きしめているのは、夫婦がゆえだろうか。砂の色をしていた頬に、赤みが戻る。
するとすぐに
だが短い時間に二度も死にかけたのだ、足がもつれて倒れかかった。
「あっ、大丈夫ですか」
「大丈夫かどうかは問題じゃないんだよ。生きるのも死ぬのも、誰かのせいとは思いたくないんでねえ」
差し出そうとした手は間に合わなかった。同時に立った夫のほうが早かった。
ただ、
何歩か行けば、二人ともがまともに歩き始めた。それでも極度の疲労は間違いないはず。
なぜそこまで、と問う必要はない。
「何か——」
人形の蹴りを誘い、ぎりぎりで躱す
彼の作った隙に錘を打ち込む
少しの間合いを空け、鎖と笞で動きを封じようとする
片時も油断を見せない
誰もが人形に立ち向かっている。きっと終われば、皮肉の洪水が起こるのだろう。しかし今は、一つの目的に向かっている。
唯一、百足を凌ぎきった
「私にできること」
無力が恨めしい。あと数年も修行を重ねた後なら、もう少しは役に立ったろう。
現実として、今は何もできない。何かする力、技が必要なのは今なのに。
「ねえ、教えて。私にしかできないことがあるの? 自分で見つけなきゃいけないのは分かる。でもそれじゃ間に合わない」
膝を折って
彼女は悲しげに笑み、分からないと首を横に振る。
「だってあなたが言ったじゃない。私、言いたいことだけ言って何もできない。このまま終わって、お父様にもお母様にも向き合えない。
分かっている。これは八つ当たりで、自分の役立たずが悔しいのだ。
宥めてくれる彼女の手が冷たく、何も言えぬことを謝っているらしい唇の動きが淋しい。
「
「任しとけえ!」
人形には及ばぬまでも、偉丈夫と巨漢が挟み打ちを試みている。
(やっぱり、あの人形よね)
見る間に、粉砕された腕が元の形へ戻った。本体へ絡めた鎖を解き、
その本体も、
「あの人形が在るうちは、
あれを動かなくすれば、
そうでなくとも、
(きっとこれが、私にしかできないこと)
強く念じ、大きく息を吐いた。それから両手で、大念珠を握る。
幼い頃から首にかけ、
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