第96話:決別がゆえの決裂
「気に食わぬか。お前たち人間が、住まう場所に庭を作る。草木や石を置き、うまくできたと悦に入る。我らはそれと同じ。気晴らしなどでなく、それそのものが我らの在る意味で、永遠に続く点が異なるくらいか」
「……つまり、間引かれる草が文句を言うなと。作り方を誤ったと気づけば、根こそぎやり直すこともあると」
育った僧院の庭を思い出す。神を祀るため、死した者を弔うため。そういう目的に従って拵える、施設と呼ぶべき箇所が多い。
余裕のある家。たとえば双龍兄弟の家が、
しかしそれでも、片隅に母の育てる薬草があった。薬として用いるためだったが、世話を楽しんでもいたはずだ。
間引いたものは茶にしたり、いよいよどうもならねば腐らせて肥料にした。
「いかにも」
「なるほど、とてもよく理解できます」
むしろ
「ち、
困惑しつつ、言葉を選んだ声。動揺してはいるのだろうが、彼らしいと思った。
出逢ってすぐに言われたのが遠い昔のようで、それでいてはっきりと思い浮かぶ。
「さすが神様のお話は分かりやすくて、よく理解できる。そう言っただけよ」
首を動かしたのは、地面と水平に。
「
高いところへ眼を向けた。
畏れ多い。
「私たちの世界が庭とするなら、冥土はあなたの家に当たるのでしょう。我が家を富ますため、人間の魂という素材を多く集めたい。天上の神々に負けないため、争う道具と考えている。違いますか」
「違わぬ。が、責めているな。我が守るべき場所を、より良くせんとする。同時にお前たちの眠る場所だ、何がいかんと言うのか」
怪訝な風もなく言いきられると、自分が我がままを言う気分になる。
母に言われ、薬草を摘んだ幼い
そういう思いを、もう一度首を振って追い出す。あの頃の、父や先達の教えしか知らぬ娘はもう居ない。
「良いか悪いか、ではありません。嫌だと言っています。私が昔に千切った茶葉は、口を利きません。けれど人間は生意気にも、それぞれに意思を持っているのです」
(言ってやったわ)
無意識に浮かんだその言葉で、己が腹を立てていると気づいた。
手の震えが怒りによるか、怖れによるかは分からない。長年の祈りを無に帰したと、後悔もあっただろう。
しかしそれ以上に、胸のすく思いだ。
「人間の街には、福饅頭という食べ物があります。本来の目的に使った食材の端切れを集めて作ります。あなたはそれも屑と断じるのでしょう。でも今、一番に食べたいくらいおいしい物です」
「そうか。その福饅頭を拵える職人より、我は劣る。素材の使い方が下手だと言うのだな」
淡々とした声。人間ごときがなどと憤るでない、聞き届けたという了解の印。
どうしたところで結果は変わらないと言うのだ、後悔はなかった。だがそれで怖ろしさがなくなるわけでない。
胸の高鳴るのにつれ、気の遠くなる感覚があった。震えるのも手だけでなく、膝や肩まで。
(また。どうしていつも、いざっていう時。私はこうなの)
景色がぐると回り、倒れる。どちらが上か下かも分からず、堪えようがなかった。
しかし、身体の傾きが急激に止まる。どころか引き戻され、硬い柱にでも括られた心地がする。
「お前の言うように、人間には意志がある。ゆえに納得させてやろうと、気遣いのつもりであったが」
構わず
肩をぎゅっと引き寄せ、支えてくれるのは長身の美丈夫。鋼のごとき
「選択を定めたなら、それは良い。我は我の道に従い、粛々と務めを果たすまで」
人形の後ろに見えた
「ああ神様。その前に俺の話も聞いてもらえるかな」
呼び止めたのは
その時既に、人形は動き始めていた。爛れた肌の青白い女が、憎々しげに
「大したことじゃない、ちょっと周りを見てほしい。千の手が居なくなってるだろう?」
聞いた言葉に、まず
人形はこちらを睨んだまま、だが律儀に動きを止めた。まだ薄っすらと見える
「
何を言い出したか、真意を図りかねた。見つめる
胸の奥をきゅっと鷲づかみにされた心地。そんな中、彼の口が吼える。
「行け、
名の通り、燃え盛る炎のごとき姿。跳ねるごとに揺れる美しい毛並みをなびかせ、赤犬の巨躯が宙に踊った。
それは人形の後ろから。肩に乗った赤い蛇を目がけ。
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