第88話:ここへ在る意味
(私にしかできないって、何?)
やって来た
だが答えはない。
何もしなかったわけではないが、そも
極めつけ、
(これでどうして僧になれるというの。
自身が未熟とは百も承知。けれども取り返しのつかぬ失敗を前に、言いわけにもならない。
「
戦う男の背を見つめる。
せめて彼の願いを叶えられまいか。もし尽く潰えたとして、彼だけは無事に帰せまいか。
(ああ、そうね。私が最初に迷惑をかけたのは、あなたにだわ)
罪滅ぼしをするなら、順番としてそれが正しい。
「
これも見習いの
しかし彼の邪魔をせず、直ちにできることが思いつかなかった。
「
彼は斧を構えながら、ほとんど使っていない。残像を追うのがやっとという人形の動きを見極め、反対の手で捌く。
即ち防戦一方で、
「平気だよ」
衣服のあちこちが破れ、血を滲ませている。しかし短く答えたのに嘘はあるまい。どの血河も筆で撫でた程度、せせらぎにまで至ったものはない。
許されるなら、すぐにも手当てしてやりたかったが。
「
彼の死角を狙うと見えた腕に、先制を行う。人形の殻に傷一つつかないが、どうやら作戦の中止には成功した。
「
「でも」
「いざという時は頼るから」
(でしゃばりだったみたいね……)
十歩にも足らぬ先、
しかし、それならどうして良いか分からない。
傍観者であることが恥ずかしい。だが下手な手出しが危険とも知っている。
残るは
よくも躱すと感心ではある。確実に増えていくかすり傷と過ぎ去る時間を思えば、楽観の材料にもならないが。
瀕死で倒れていたのは、やはり一人だったからか。この人形と千の手と、一度に相手をするなど無理に決まっている。
むしろ一度は逃げ果せたのが、奇跡に類するのではないか。
そんなことを考えるうち、状況が移った。囲んでいた千の手が、残り一体にまで減る。
「お父様、千の手が居なくなりました。どうにかなりそうです」
棺桶の中で、状況の知れない
終わるのは良いことに違いないが、役立たずのままだ。そう思うと自然、声も沈んでしまう。
人形だけになっても、どうすれば地上へ戻せるかは別の話だ。
これから考える状況を作れたという意味で、もちろんこれも良いことに違いない。
「言うことを聞くんじゃねェ。喋らす前に叩き壊しちまえ」
「えっ?」
しかしもう一度、より厳然とした声が告げる。
「あれは
「でも……」
「でもじゃねェ。馬鹿息子に言え」
もし伝えねば、どうなるだろう。
もし、どうにかして人形を。
「人形を」
「人形をどうするか。
「あァ?」
もう一度、はやめた。彼の背中を眺めたまま、その父親にだけ問う。
遣り口が卑怯とは自覚したが、くぐってきた場数が違う。
「お父様はずっと戦って、諦められたのですよね。十八年、でしたか。長い時間、苦しまれたのだと思います」
「あァそうだ、だから——」
「だから、
「ぶっ壊さねェと、その一生がないってんだよ」
気紛れじみた
(やっぱり僭越よね)
聞いた
それはまた別の話、伝えるだけ伝えよう。観念し、改めて口を開く。
その時だ。
「うふふっ」
人形が笑う。さも愉快げに。
最後の千の手が霧散する。
膝を突く。いまだこれという傷もない、
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