第82話:迷いと攻防
それでも一瞬、避けようとはしたのだろう。いずれかへ勢いのついた
「こいつ!」
素早く。
宙へ浮き、ひとりでに動く指も堪らず、地面へ叩きつけられる。
二、三度も跳ね、しかしすぐさま飛んだ。次に指が狙うのは、金属鎧に包まれた二本の巨木。
けれども人形の指は、その上を行った。読み合いについてでなく、現実の通り
回し蹴りの上をやり過ごし、
「ちょろちょろするな!」
文句を言われて、従うはずもない。ぐるり、からかうように巨体の周囲を二度巡る。
じっくりと見定めた
と。背中の側で、がしゃがしゃと賑やかしい。負っていた荷束が崩れ、人形の部品が撒き散らされる。
何を思ったか
乾いた音が小さく、あっさりと折れる。どうだとばかり、
砂を噛むのが、耳に心地いいとは言えない。しかし人形の一つの部品は、たしかに失われた。
「
僧にしか用い得ぬ術の名が、耳に届いた。さっと見れば、丸まって倒れた
彼の男の手に祝符はなく、だがたしかに神通力の発された光が残った。
まだまだ
それどころでないという事実を忘れ、唖然とした。ほんの僅かな間だ。
だのに目ざとく、
「お嬢ちゃん、ぼうっとしてるんじゃあないよ!」
同時に何か投げつけられ、顔の直前で受け止めた。球状に丸めた布の塊に、嫌な予感がする。
「これ、祝符。畏れ多いことを」
非難しようにも夫婦は既に立ち上がり、息子の援護へ走っていた。
しかも解毒や大癒の祝符ばかりがそこにあり、文句を言う筋合いさえないようだ。
「
代わりに、慎重に回り込む美丈夫へ祝符を示す。
彼は目線をくれて頷いた。直ちに散らばった人形へ戻っていったけれど。
それでいい。
もちろん怪我のないのがいい。だが傷ついた時は、すぐに治す。そう願って言ったのだ。
「おい
人形の危うさを知り、背負ってなどいられぬと判断したのだろう。既に当人の荷束も投げ捨てられ、夫婦で踏みつけて回る。
「父ちゃん、こいつらきりがないよ」
けれども人形は、人間と同等以上の関節を持ち、それぞれがてんでに動けるようだ。
一つずつならまだしも、複数が別の宙へ浮かぶ。どうやら元の姿へ戻ろうとして、
「
いい加減にしろと、
あの男からすれば、そうもなろう。
「……ああ」
いや、そのつもりはあるに違いない。手近な部品に手を伸ばしかけ、逃げられるだけで。
いつもの彼の機敏さなら、容易に捉えられるはずではあるけれど。
(だって、お母様だもの)
とは推測だが、間違いあるまい。父母を愛する
「ちぃ、もうどうしようもないねえ」
「いっそ纏まってくれたほうが、読みいいんじゃないかい?」
離れたあちこちで、腕、脚、胸がおよその形を成した。足らぬ部分が
しかし胸を中心に集まる部品が、行きがけの駄賃とばかり皮膚を切り裂く。もはや
さらには機能し始めた腕が踊り、脚も舞う。
羽虫のごとしの部品単体と、一個の魔物に相当する腕と脚。
すると早速、別々だった脚と胴が繋がり、腕も定位置へ収まる。残るは頭と、あちこち欠けた小さな部分のみ。
「
不足がどこにあるかと言えば、美丈夫の背に纏めてだ。
もう諦めて捨ててしまえ。残酷な決断をそのままは言えなかったが、
彼も理解している。結んだ縄に手をかけ、あとは打ち捨てるだけという格好で腕が固まっていた。
もう人形と呼ぶのに抵抗ない姿まで戻った青白い身体が、
その後ろを
ただ、さらに後ろを取る存在があった。粉々に砕かれたはずの部品が元の形を戻し、宙へ浮く。
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