第80話:思いのほか
総勢六人と一頭にかかれば、大蜥蜴はあっという間もなく消えた。臭みのある臓物も
肉を食う前に、と差し出された生き血を飲んだ。喉を潤し、気つけにも腹の足しにもなる万能の食事と
肉を食ううち、身体がぽっぽと熱くなった。うらはらと言うべきか、辺りが急に冷え込んだように思う。
空腹が過ぎれば、当たり前の感覚も失うと聞いたことがある。雪でも降りそうな風に、これがそうかと身を縮ませた。
暖かそうな毛玉が、
「助かった。また礼はするから、今日は帰ってくれるか」
妬ましく眺めていると、不意に
けれども
「どうした?」
「
「無理って。俺は――」
今度は
「抜けてるわね」
何度も言われた悪口を返す。いい機会と考えた、そう指摘されれば否定できない。
意地悪く、噴き出して笑って見せもした。
「まったくだよ」
「その子。
笑っている段でないのはもちろん。彼が釣られて笑うとも考えていない。
頭を掻く
「私なんかより、よほど役に立てそう」
「そんなことは。いや、強いけどね」
「探索者なんて酔狂はいいとして、
彼の目は赤犬に向けられたまま。どうして今さらそんなことを、と不安に思う。
「——私は、あなたのお手伝いをするつもりはないわ。使命を携えた者として、自分自身の尻拭いよ」
こう言えば、彼の重荷が減るだろうか。咄嗟の思いつきにしては、意味ありげなことを言えた。
また少しの間、
(いいな)
と思ったのが何に対してか。
「……うん、助かるよ」
この男でも、弱気になることはあるらしい。静かな声の最後、やっと視線が交差した。
(うん、助けたいわ)
考えた言葉は呑み込み、腰を上げた。赤犬と抱き合う格好の腕を探し、強く引いて立ち上がらせた。
「きゃっ」
驚く声に、
すると
「仲良くしようってさ」
「う、うん。ごめんね、突然で驚いてしまったわ」
ここぞと赤毛に抱きつき、「ありがとう」と。同時に、
それからすぐ、再び十三階層へと下りる。今度は
声をかけても返事をしない
「居る」
二番手を行く
既に真正面で、こちらから見える以上はあちらも気づいているはず。それでも。
およそ三十歩四方の部屋まで、あっけなく辿り着いた。
大蜥蜴を食っていた時、どんな相手かを
道中では、時間が足らなかった。
「たしかに人間みたいな、人形みたいな奴だねえ」
「でも動かないじゃないか」
一見には徒手空拳と見える夫妻が、部屋へ踏み入った。しかし言う通り、青白い女の人形は動かない。
やって来た通路以外に出口のない、真四角の部屋。およそ中央の地面に
「千の手は居ないみたいだけど——」
目に見える壁は当てにならない。これも伝えていたが、
棺桶を牽く
不可能だろうが、捕獲することを試みたい。
「行くよ!」
甲高い
半歩遅れ、
難なく、二人ともが間合いへ入った。
二歩を遅らせて飛び込んだ
鎖が胴を、笞が腕を拘束した。強く引き寄せた拍子に、人形の全身が浮き上がる。
本当にただの人形のごとく、がしゃがしゃとやかましい音を立てるだけで。
「何とも手応えのないことだねえ」
嘲って言いながらも、さすが。
動かぬままの人形を、
「ええと、父さん?」
あまりの肩透かしに戸惑いながら、
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